「いました……」
「えっ。どの方ですか?」
「奥の壁側から二番目の、白いシャツを着ている人です」
知春の説明を頼りに視線を動かすと、確かに三十代後半と思われる面相の男性が座っていた。きっちりとスーツを着て、銀縁の眼鏡を掛け、黒髪はさっぱりと整えられている。料理を運んできた店員にも頭を下げて謙虚に対応し、目元に浮かぶ笑みからは、優しそうで実直な雰囲気が伝わってくる。
「信一さん……やっぱりちょっと、老けたわね」
「そう、なんですね」
知春は涙ぐみながら、彼の様子を見守っている。千聖は雷蔵に無事信一を発見した旨のメッセージを送信して、再度信一の座るテーブルを見つめた。
(二人分の料理……? 新しい恋人とか、結婚相手を待ってる?)
信一は二人用のテーブルを利用しており、その向かい側には椅子も料理も準備されている。やはり誰かと待ち合わせているのかと、千聖はがっかりしていたのだが、次の瞬間、信一は前菜らしき料理を食べ始めてしまった。
こういったお洒落なレストランでは、相手が揃うまで待つものではないのか。テーブルマナーなど心得のない千聖には分からなかったが、信一があまりにもぱくぱくと食べ進めるので、不思議に思い始めた。
そして遂に、次の料理が出てきたタイミングで、信一の空になった皿と、向かいの手をつけられていない料理が、一緒に下げられたのだ。
(これって……!)
その時、隣で知春が息を呑む。考えていることは、千聖と同じのようだ。
「信一さん、もしかして……」
「はい。尾形さんが目の前にいるつもりで、食事をしていると思います」
千聖の目にもじわりと涙が浮かぶ。彼は十年経った今でも、知春のことを忘れていない。こうして、彼なりの方法で彼女を弔い、この世に生まれてきたことを祝おうとしているのだ。知春は壁にもたれながら、泣き崩れてしまった。
雷蔵からは、こちらに向かっていると返信があった。だが、もう時間があまりないので、できれば予定通り千聖に接触してほしいとのことだ。上手く説明ができるか些か不安ではあるが、千聖は胸を叩いて自分を鼓舞した。
「尾形さん……私、行きますね。境さんに声を掛けます。一緒に来てくれますか?」
「……は、いっ」
知春はどうにか立ち上がり、千聖のあとについてレストランの入り口へとやってきた。来店を告げるベルの上品な音が鳴り、スタッフが千聖の元へとやってくる。
「いらっしゃいませ。ご予約のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ここって、予約制ですか?」
「はい。座席が限られておりますので、完全予約制となっております。ご予約はされていない……と?」
「そうです。でも、ここに境信一さんという方がいらっしゃるはずなんです。彼とどうしてもお話がしたいのですが……。通していただけないでしょうか?」
スタッフが困ったように苦い笑みを浮かべる。頭のおかしい客が来てしまったとでも思っているのだろうか。
「えっ。どの方ですか?」
「奥の壁側から二番目の、白いシャツを着ている人です」
知春の説明を頼りに視線を動かすと、確かに三十代後半と思われる面相の男性が座っていた。きっちりとスーツを着て、銀縁の眼鏡を掛け、黒髪はさっぱりと整えられている。料理を運んできた店員にも頭を下げて謙虚に対応し、目元に浮かぶ笑みからは、優しそうで実直な雰囲気が伝わってくる。
「信一さん……やっぱりちょっと、老けたわね」
「そう、なんですね」
知春は涙ぐみながら、彼の様子を見守っている。千聖は雷蔵に無事信一を発見した旨のメッセージを送信して、再度信一の座るテーブルを見つめた。
(二人分の料理……? 新しい恋人とか、結婚相手を待ってる?)
信一は二人用のテーブルを利用しており、その向かい側には椅子も料理も準備されている。やはり誰かと待ち合わせているのかと、千聖はがっかりしていたのだが、次の瞬間、信一は前菜らしき料理を食べ始めてしまった。
こういったお洒落なレストランでは、相手が揃うまで待つものではないのか。テーブルマナーなど心得のない千聖には分からなかったが、信一があまりにもぱくぱくと食べ進めるので、不思議に思い始めた。
そして遂に、次の料理が出てきたタイミングで、信一の空になった皿と、向かいの手をつけられていない料理が、一緒に下げられたのだ。
(これって……!)
その時、隣で知春が息を呑む。考えていることは、千聖と同じのようだ。
「信一さん、もしかして……」
「はい。尾形さんが目の前にいるつもりで、食事をしていると思います」
千聖の目にもじわりと涙が浮かぶ。彼は十年経った今でも、知春のことを忘れていない。こうして、彼なりの方法で彼女を弔い、この世に生まれてきたことを祝おうとしているのだ。知春は壁にもたれながら、泣き崩れてしまった。
雷蔵からは、こちらに向かっていると返信があった。だが、もう時間があまりないので、できれば予定通り千聖に接触してほしいとのことだ。上手く説明ができるか些か不安ではあるが、千聖は胸を叩いて自分を鼓舞した。
「尾形さん……私、行きますね。境さんに声を掛けます。一緒に来てくれますか?」
「……は、いっ」
知春はどうにか立ち上がり、千聖のあとについてレストランの入り口へとやってきた。来店を告げるベルの上品な音が鳴り、スタッフが千聖の元へとやってくる。
「いらっしゃいませ。ご予約のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ここって、予約制ですか?」
「はい。座席が限られておりますので、完全予約制となっております。ご予約はされていない……と?」
「そうです。でも、ここに境信一さんという方がいらっしゃるはずなんです。彼とどうしてもお話がしたいのですが……。通していただけないでしょうか?」
スタッフが困ったように苦い笑みを浮かべる。頭のおかしい客が来てしまったとでも思っているのだろうか。
