(お父さんも、私たちに嘘をついているっていう後ろめたさはあった?)
こんなときでも、浮かぶのは父の顔だ。だが今は、知春と信一のことに集中しなくてはならない。日付が変わる頃に帰宅することになるかもしれないが、今日だけは許して欲しい。千聖は心の中で母に何度も頭を下げ、引き続きマンションの入り口近くで信一を待った。
「……あ!」
「どうしました?」
「今日って、四月何日ですか!?」
突然、知春が大声を上げた。信一が帰ってきたのかと思いきや、聞いてきたのは日付だ。千聖と雷蔵は目をぱちくりさせながらも、四月二十一日だと教えた。
「ああ……! 誕生日です。私の」
「ええっ!」
「羽根田さん、しーっ。声を抑えて」
千聖は慌てて口元を押さえたが、誰もいない空中に向かって叫ぶ姿は、幸い誰にも見られていなかったらしい。
今日が知春の誕生日となれば、信一は何らかの行動を起こしているかもしれない。いや、ほぼ確実にそうだろう。
「あの、できれば……レストランに行ってみてもいいですか?」
「最後に食事をしていたっていうレストランですか?」
「はい。なんだか、信一さんはそこにいる気がするんです」
千聖と雷蔵は、本日何度目かになる目配せを経て、了承した。知春がそう言うのだ。可能性は高いだろう。
「もしもすれ違って、境さんがこちらに帰ってきたことを想定して、僕か羽根田さんのどちらかが残ります。レストランには、どちらを連れて行きますか?」
「……でしたら、羽根田さんでお願いします。女性の方が、信一さんには警戒されにくいと思いますし」
てっきり雷蔵が指名されると思っていた千聖は、目を白黒させた。雷蔵が「任せていい?」と確認してくるので、なんとか頷く。
「わ、わわ、分かりました!」
「落ち着いて。体験初日から大役を任せることになってしまったけど、彼の人柄だと、君の話もちゃんと聞いてくれそうだし」
「はい! 精一杯努めてきます!」
「よろしくね。無事に境さんを見つけたら、僕に連絡もお願い。すぐに向かうから」
知春の想いを代わりに伝える。重大な仕事だ。鞄の中にあるラッピング袋を確認し、千聖は知春と共にレストランに向かうことにした。
*****
目的のレストランは、信一の会社が入っているビルの近くにあった。オフィス街の大きい通りを路地の方に曲がって奥に進めば、人通りは少ないが、こぢんまりとした洋風レストランが見えてくる。
知春は、窓の外から、堂々と立ったまま中を覗き込んでいる。一方で千聖は、植え込みに隠れて、窓の外からこっそりと様子を窺った。傍から見れば、思い切り怪しい人の状態だ。
こんなときでも、浮かぶのは父の顔だ。だが今は、知春と信一のことに集中しなくてはならない。日付が変わる頃に帰宅することになるかもしれないが、今日だけは許して欲しい。千聖は心の中で母に何度も頭を下げ、引き続きマンションの入り口近くで信一を待った。
「……あ!」
「どうしました?」
「今日って、四月何日ですか!?」
突然、知春が大声を上げた。信一が帰ってきたのかと思いきや、聞いてきたのは日付だ。千聖と雷蔵は目をぱちくりさせながらも、四月二十一日だと教えた。
「ああ……! 誕生日です。私の」
「ええっ!」
「羽根田さん、しーっ。声を抑えて」
千聖は慌てて口元を押さえたが、誰もいない空中に向かって叫ぶ姿は、幸い誰にも見られていなかったらしい。
今日が知春の誕生日となれば、信一は何らかの行動を起こしているかもしれない。いや、ほぼ確実にそうだろう。
「あの、できれば……レストランに行ってみてもいいですか?」
「最後に食事をしていたっていうレストランですか?」
「はい。なんだか、信一さんはそこにいる気がするんです」
千聖と雷蔵は、本日何度目かになる目配せを経て、了承した。知春がそう言うのだ。可能性は高いだろう。
「もしもすれ違って、境さんがこちらに帰ってきたことを想定して、僕か羽根田さんのどちらかが残ります。レストランには、どちらを連れて行きますか?」
「……でしたら、羽根田さんでお願いします。女性の方が、信一さんには警戒されにくいと思いますし」
てっきり雷蔵が指名されると思っていた千聖は、目を白黒させた。雷蔵が「任せていい?」と確認してくるので、なんとか頷く。
「わ、わわ、分かりました!」
「落ち着いて。体験初日から大役を任せることになってしまったけど、彼の人柄だと、君の話もちゃんと聞いてくれそうだし」
「はい! 精一杯努めてきます!」
「よろしくね。無事に境さんを見つけたら、僕に連絡もお願い。すぐに向かうから」
知春の想いを代わりに伝える。重大な仕事だ。鞄の中にあるラッピング袋を確認し、千聖は知春と共にレストランに向かうことにした。
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目的のレストランは、信一の会社が入っているビルの近くにあった。オフィス街の大きい通りを路地の方に曲がって奥に進めば、人通りは少ないが、こぢんまりとした洋風レストランが見えてくる。
知春は、窓の外から、堂々と立ったまま中を覗き込んでいる。一方で千聖は、植え込みに隠れて、窓の外からこっそりと様子を窺った。傍から見れば、思い切り怪しい人の状態だ。
