非現実的な状況を目の前にして、千聖は自分でも信じられないほどに落ち着いていた。知春は幽霊なのに、恐怖は一切ないのだ。それは知春がおどろおどろしい雰囲気を持っていないことと、雷蔵がそばにいる安心感が理由かもしれない。

「羽根田さん、店はもう閉めるし、戻ってこないから。鞄を取っておいで」
「あ、はい!」

 土曜日といえば、世間では学校や仕事が休みになる人も多く、一般には稼ぎ時だと思われるのだが、雷蔵はもう店を閉めるのだと言う。千聖が鞄を手に戻ってくると、知春が千聖の疑問を、そのまま雷蔵にぶつけてくれた。

「お店は、営業しなくて大丈夫ですか?」
「はい。土日はこうして、狭間世界に向けて開店すると決めているんです。まあ、単に人員が不足しているというのもあるんですが……」

 雷蔵がちらっと千聖を見遣る。それだけで、千聖は雷蔵の思惑が分かってしまった。

(なるほど。それで、アルバイトを募集していたのね!)

 雷蔵が店を離れている間、任せられる人員を探していたわけだ。今日のところは、不慣れな千聖を店に残すわけにはいかないので、一緒に連れて行くということだろう。この不可思議な店の役割を千聖に理解してもらうためにも、体験が必要だったのだ。

 それに、千聖は知春の行く末が知りたかった。彼女の希望が無事に叶えられるのか、気になって仕方がない。連れて行ってもらえて、幸運だとすら思う。

 三人は外に出て、新幹線の停車駅に向かうべく、タクシーへと乗り込んだ。千聖の心臓が、「いよいよだ」とでも言いたげに、早く脈打ち始めた。



*****



 窓の外の景色が、高速で流れていく。静まり返る新幹線の車内で沈黙を破ることに抵抗を覚えつつも、千聖は堪えきれずに話の口火を切った。

「店長って、一体何者なんですか?」
「ん? 知りたい?」

 大人二人分の切符を支払い、千聖と雷蔵は向き合って座っていた。周囲からは分からないが、千聖の隣には知春がいる。知春も千聖と同じことを思っていたようで、賛同するように頷いてくれた。

「失礼ですが、普通の人間ではない……ですよね?」
「うん、そうだね。でも、正真正銘、この世に生まれた人間だよ。迷える魂を浄化する手伝いをしてる……とだけ、今は言っておこうかな」
「それは分かってます! どうして、そういうことができるのかとか、何の目的があって狭間世界の人たちを救おうとしているのかとか。いろいろ、気になるんです」
「羽根田さん、最初から情報を詰め込みすぎるのもよくないよ。それに今日、君はアルバイトのお試し体験中だし」

 それはつまり、今後店に関わらないかもしれない人間に、雷蔵の正体や雑貨店の核心まで教えることはできない、ということだ。千聖自身も、アルバイトを続けるかどうかは決めかねている。納得せざるを得ない。千聖は唇を尖らせ、しぶしぶと引き下がった。