靴を履き替えて外に出たとき、玄関口に知り合いを見かけた。

 僕と同じ高森北中出身の吉崎七海さんだ。

 スマホを見ながら誰かと待ち合わせをしているらしい。

 彼女は僕と正反対で、常に人の輪の中心にいるような人だ。

 中学の体育祭では、応援のしすぎで声がガラガラになって、それからしばらくの間、女子の耳元で男前なセリフをつぶやくというイタズラをしてキャーキャー言われていたのを思い出す。

 あれ、そういえば、シニガ……、いや西上さんはマナミだったか。

 マナミとナナミ。

 なんだかややこしいな。

 吉崎さんは高校入学初日だというのに、ボブヘアを茶色に染めてばっちりメイクも決めている。

 でもまあ、もともとおしゃれ女子だったから、べつに驚くことでもないし、実際、似合っていると思った。

 彼女とは小中学校が同じで、今回クラスは別れたけど、まさか同じ高校に進むとは思いもしなかった。

 同じだったからといって、べつに親しかったわけでもない。

 用事があるときだけ事務的な会話をするという程度の関係だった。

 もちろん、僕のような立場の男子にとっては、会話をしてくれるだけでもありがたい存在ではあった。

 彼女にニンゲンとして認められていたからこそ中学まで安全に過ごせたようなものだろう。

 しかし、また、よりによってこんなところで鉢合わせするとは。

 明日には地元に尾ひれのついた派手な噂が広まっているだろうな。

 僕は西上さんの陰に隠れるような位置取りでやりすごそうとした。

 吉崎さんがちらりとスマホに視線を移したタイミングで通り過ぎることができた。

 よし、うまくいった。

 と思ったその瞬間、彼女が追いかけてきた。

「ちょっと、マエダ、どこ行くのよ」

 え、僕?

 どこって言われても……、ていうか、なんで?

「帰るところだけど」

 立ち止まって振り向くと、吉崎さんが僕をにらみつけていた。

「なんであたしを置いていくのよ」

 なんでも何も、べつに約束してないし、そもそも一緒に帰ったことなんかなかっただろ。

「待ってたんだから」

 はあ?

「なんで?」

 思わず声が大きくなってしまった。

「同じ中学でしょ」

 そりゃそうですけど。

 だからって、一緒に帰るって、小学生の集団下校みたいなルールを持ち出されても。

「一緒に帰ろうよ、マエダ」

「あ、いや、でも……」

 何これ、どういうこと?

 人生って不思議。

 今日はポエムの日かよ。

 なんで僕なんだよ?

「でも、西上さんとアイスを食べに行く約束をしたから」

「はあ、ニシガミって誰?」

 その西上さん本人は少し離れたところで立ち止まって、こちらを見ていた。

「同級生だよ。あの人」

 僕が指でさすと、吉崎さんが西上さんをぎょろりとにらみつけた。

 西上さんが微笑みながら会釈する。

 吉崎さんは今度は僕をにらむ。

「どういうことよ!」

 何これ?

 一度もモテたことないのに、先に修羅場を経験してしまった。

 順番逆だろ。

 運命って不思議。

 なんで逆から始めるんですか。

 いきなり上級編なんて無理だよ。

 僕だってもう完全にパニックだ。

 どうしたらいいのか分からない。

 こういうのをなんて言うんだっけ。

 両手に花?

 いや、そんないいもんじゃない。

 四面楚歌?

 ていうか、もっと増えたらやばいって。