ホッペつねってもいいですか?

「ホッペつねってあげようか?」

 どうして分かる?

「そういう顔してるじゃん」

 まあ、しょうがない。

 信じられないのも無理もない。

 カノジョいない歴イコール年齢を更新中の非モテ男子ですから。

 この期に及んで『ドッキリ大成功』なんて昭和みたいな札を出されてもかえって納得してしまうと思う。

「『おまえだ!』って崖の上で犯人みたいに指でさされないと納得できないの? あ、マエダ君だけに、『オマエダ!』とかって?」

 彼女は自分のジョークにツボったらしく、両手で口を押さえながら笑い出した。

「もう、オマエダ君でいいね。今日から前田君はオマエダ君」

 めちゃくちゃ美人なのに、ダジャレのセンスが悪くて、天使が急に僕の地平線に下りてきたような気がした。

 折れた翼は僕が拾ってあげよう。

 僕はさえないポエムを頭の中から振り払った。

 にやけてしまったせいか、西上さんが不機嫌な表情で詰め寄ってきた。

「え、何、そんなにおもしろくないって?」

 だから、どうして分かる?

「でもさあ、『シニガミ』よりよくない? オ・マ・エ・ダ・君」

 イヤミっぽい言葉のわりに、表情には優しさがもどっていた。

 はい、その通りです。

 もう、弁解しません。

 悪いのは僕です。

「じゃあ、行こうよ、オマエダ君」

 初めてのデートっていうのは、どこに転がっているか分からないものなんだな。

 一万円札なら交番に届けなくちゃいけないけど、幸運はしまっておいてもいいんだよね。

「まだきょろきょろしてんの?」

「あ、ごめん、今行く」

 僕は教室を出て行く彼女の後を追いかけた。

 ちゃんと分かってる。

 べつにカノジョとかじゃない。

 ただ、おわびの印にアイスを食べに行くだけだ。

 ちゃんと分かってるって。

 でも、ちょっとくらい舞い上がったっていいだろう。

 もう二度と訪れない幸運かも知れないけど、だからこそ、のっかったっていいじゃないか。

 きっと何十年かたったら、『こんな俺でもさ、カワイイ女の子と学校帰りに制服デートくらいしたことあるんだぜ』と特盛りマシマシ武勇伝を語る寂しいオッサンになるんだ。

 まったくの創作フィクションじゃないだけましだろう。

 今日くらいは夢を見させてもらおうじゃないですか。

 西上さんと並んで廊下を歩いていると、男子がみんな彼女に注目しているのが分かる。

 そして必ず、その隣の僕を見て、初めてカンガルーを見つけた探検家のような表情になる。

 安心してください。

 僕の方が全然分かってませんから。