「それじゃあ、あたしはお邪魔ですかね」

 鞄を持って吉崎さんが去ろうとする。

 西上さんが呼び止めた。

「部活?」

「うん、新入生の勧誘でいそがしいのよ」

「へえ、頑張ってね」

「あたしもカレシがいたらデートするんだけどね」

 え、吉崎さん、カレシいたよね?

 そういえば、相手の顔があやふやで思い出せない。

 あれも夢だったのか?

 混乱した頭に、吉崎さんの言葉がかぶさってくる。

「中学の頃はさ、あたし、こいつのこと狙ってたんだけどね。全然気づいてくれなくてさ。鈍感すぎてあきらめちゃった」

 え、そうなの?

 逆?

 逆の逆?

 どっちが本当なのか、わけが分からない。

「取っちゃダメだよ」

 西上さんが両手を前に突き出すと、吉崎さんがその手を握る。

「えー、いらない」

 なんか微妙な空気になりかけたところで、吉崎さんが手をはなして一歩跳び退いた。

「ばいばい、ハシビロコウ」

「誰がだよ」

 二人そろって僕を指さす。

「オマエダ!」

 ああ、はいはい。

 息がぴったりだよな。

 騒々しい人がいなくなって、沈黙が僕たち二人の距離を際立たせていた。

 あれ、怒ってる?

 吉崎さんがよけいな話をしたからだ。

 西上さんが口を曲げて僕をにらみつける。

「怒ってないし」

 めちゃくちゃ不機嫌だ。

「だから怒ってないし」

 背中を向けて出ていこうとする彼女を僕は追いかけた。

「待ってよ」

「待ってますけど」

 立ち止まるどころか、駆けだしている。

「待ってってば」

 僕は逃げようとする彼女の手をつかんだ。

「逃げないでよ」

 立ち止まった彼女はうつむいて黒髪のカーテンで顔を隠している。

「ああ、傷ついたなあ」

 態度とは裏腹に声が笑っている。

「わかったよ。おごるからさ」

 首をかしげながら黒髪を耳にかけて彼女は僕に微笑みを向けてくれた。

 鼓動が高鳴る。

 そんな素敵な笑顔で見つめられたら、僕は死んでしまいそうだ。

 キミにハートを射貫かれて、僕は何度生まれ変わったんだろう。

 まさにキミは僕の死神だったね。