靄の中から声が聞こえる。

 ……マエダ!

 前田!

 え?

 あれ?

 ……教室だ。

 また、夢なのか?

 でも、そこはさっき夢で見た教室とは違っていた。

 自己紹介の場面ではない。

 鞄を持ってみんなが教室を出て行く。

 どうやら放課後らしい。

「ちょっと、マエダ」

 窓際の席に座った僕の横に女子が立っていた。

 吉崎さんだ。

 彼女も鞄を持っている。

「え、あ?」

 僕は寝ぼけて間抜けな返事をしてしまった。

「あんたさ、新しい学年になったんだから少しはシャキッとしたら?」

 新しい学年?

「さっさと目を覚ましなよ。いつまで寝ぼけてんの」

 入り組んだ夢のせいで頭が混乱している。

 吉崎さんの制服の襟には二年A組のバッジがついている。

 机の上に置かれた僕のノートにも同じクラス名が書かれている。

 窓の外は桜が満開だ。

 でも、上半分しか見えない。

 ここが二階の教室だからか。

 どうやら僕は一年前のことを夢に見ていたらしい。

 吉崎さんが僕の机の横から前に移動した。

 彼女の後ろに隠れていた教室の入り口が視界に入る。

 見覚えのある女子生徒が僕を見ていた。

「ほら、あんた、カノジョが迎えに来てるよ」

 カノジョ?

 あれ、西上さんだ。

 カノジョ、なの?

 誰の?

 僕の?

 西上さんが手を振りながら教室に入ってきた。

 間違いなく僕を見ている。

 吉崎さんが机に手をついて前のめりに僕をにらみつける。

「ちょっと、あんた、寝ぼけてカノジョのこと忘れちゃったんじゃないの? なんなら、あたしが入れ替わってデートしてあげようか?」

「いや、いいよ」

 僕の返事がお気に召さなかったのか、吉崎さんが両手を広げて肩をすくめた。

 欧米みたいなゼスチャーだ。

「ジョークも通じないんだからさ。つまんない男。男としてつまんない」

 言い方変えて二度も言うなよ。