振り向くとそこには男子生徒がいた。

「わりい、わりい、これでも急いできたんだぜ」

 背が高くてがっしりとした体つきで、わざと着崩した制服がさまになっている。

 どうやら上級生らしい。

「早く行こうよ。アイスおごってくれるんでしょ。スペシャルトッピングつきでね」

 二人は手をつないで歩き始めた。

「あれ、マエダじゃん」

 彼女は僕に気づいて歩きながら声をかけてくれた。

 僕は軽く頭を下げるのが精一杯だった。

「あんたもこの高校だったんだね」

 隣のカレシが「誰?」と耳元でささやいている。

「ああ、オナチュー」

 ふうん、とそれっきり興味なさそうに、僕をおいて二人とも行ってしまった。

 二人の背中を見送りながら僕も校門に向かって歩き出した。

 住宅街の桜並木を一人で歩く。

 さわさわと枝が揺れて花が舞う。

 立ち止まって見上げると、夢で見た光景がよみがえる。

 贅沢な夢だったんだな。

 女子二人に挟まれて、居心地の悪さばかり感じていたけど、今思うととても素敵な状況だった。

 もう二度とあんなことは起こらないんだろう。

 夢で見たことを、さも実際にあった武勇伝のように語る寂しいオジサンになるんだ。

 夢だったんだ。

 虚しさがこみ上げてくる。

 たとえ夢であれ、あんな楽しさを知ってしまって、これから僕はどうやって生きていけばいいんだろうか。

 この世にはあんな楽しみがある。

 この世にはあんな喜びがある。

 それを知らなかった時は、それでよかった。

 でも、それを知ってしまった今、それがもう二度と起こることがないと分かっているのに、この先の時間をどうやって生きていったらいいんだろうか。

 僕はずっと吉崎さんが好きだった。

 中学の時、一度も振り向いてもらうことはできなかったけど、僕は彼女のことをずっと見ていた。

 吉崎さんと同じ高校に進みたくて、この高校を選んだ。

 でも、それだけだった。

 それ以上のことは何もしなかった。

 できなかった。

 話しかけることも、気持ちを伝えることも、自分の存在を知ってもらうことも。

 できるわけがなかった。

 彼女の世界に僕はいなかった。

 いたとしても、風景の一部に過ぎなかった。

 道端の電柱にあいさつする人はいない。

 彼女にとって僕は、ただそれだけの存在だったのだ。

 ハシビロコウになら、話しかけても悪くはない。

「あはは、やっぱりじっとしてるんだね。ばいばい」

 僕はそんな存在にすらなれなかったのだ。

 何もできなかった自分。

 何もしなかった自分。

 好きなのは僕の方だったんだ。

 彼女のことが好きだったのは僕だったんだ。

 僕はその気持ちを押し殺してきたんだ。

 自分の中のはっきりとした気持ちをなかったことにしてきたんだ。