「よくそんなの覚えてるな」

 特に何も考えずに言ったつもりだったのに、吉崎さんの反応は思いがけないものだった。

 思い切り怒鳴られたのだ。

「当たり前でしょ!」

 え?

「当たり前じゃん! 全部覚えてるよ! はっきり覚えてるよ! だって……」

 だって、ともう一度繰り返して黙り込んでしまった。

 どうした?

 ずっと歩道に立ち止まっているわけにもいかないので歩こうとしたら、制服の袖をつかまれた。

 おい、どうした。

「なんだよ?」

「……好きなの」

 は?

「好きなの!」

 はあ?

 え、何?

 アナタノコトガスキ。

 どういうこと?

 今日は聞き間違えの日なのか?

「何よ、聞き間違いとかって、ごまかさないでよ。逃げないでよ! 好きなの。あたし、マエダのことがずっと好きだったの!」

 ええ……と。

 こういうときって、どうしたらいいんだ?

 僕はただ立ちすくむだけだった。

「ずっと好きだったのに、全然あたしに興味持ってくれなくて、めちゃくちゃ悔しくて、すごく寂しかったのに、なんであんたはあんな子と仲良くしちゃうのよ!」

 僕はまた札を探してしまっていた。

『ドッキリ大成功!』

 どこかにカメラがあるんだろうか。

 ……あるわけないか。

 現実なんだ。

 全然気がつかなかった。

 もう何年もずっとそばにいたのに、目の前にいる吉崎さんのことを僕は全然見ていなかったのだ。

 きょろきょろしていた僕のことを吉崎さんがにらみつけた。

 思い切り鞄を振り回して僕の腰にたたきつけた。

「あんたなんか死神に取り憑かれちゃえばいいんだよ。バカ!」

 そのまま吉崎さんは駆けていってしまった。

 僕は動けなかった。

 追いかけることができなかった。

 今のこの出来事が自分に起きたことだということが理解できなかった。

 何もかもが現実感を失っていた。