「私、シニガミですから」

　え？

　聞き間違いじゃないよね。

　高校入学初日のことだ。

　左隣の席の女子が小声で何か言っていたのだ。

「私、死神ですから」

　うん、間違いない。

　確かに言ってる。

　シニガミだ、と。

　高校最初のホームルーム。

　入学式が始まるまでの空き時間を利用して自己紹介の途中だった。

　はじめの何人かはみんなも盛大に拍手なんかしていたものだけど、途中から飽きてきて、反応も適当になってくる。

　窓の外は桜が舞っていて、春らしい穏やかな光に包まれている。

　これから仲間になる同級生には申し訳ないけど、だんだん眠くなってきてしまった。

　だから、寝ぼけて隣の女子の独り言を聞き間違えたのかと思ったのだ。

　でも、やっぱり言っている。

「私、死神ですから」

　間違いない。

　言ってる。

　隣の女子は長い黒髪をカーテンのようにして顔を隠しながらぶつぶつとつぶやいている。

　雰囲気は確かに死神っぽい。

「私、死神ですから」

　あまりにも何度も繰り返しているものだから、気になってしまう。

　ガン見するわけにもいかないので、チラ見のつもりだったけど、彼女と目が合ってしまった。

　顔を覆っていた黒髪を両手でかき分けながら僕に向けられた微笑みは意外にも整っていて、死神どころか天使のようだった。

　二重の目は黒目が大きくてじっと見つめられると魂を吸い取られそうだ。

　目の下の涙袋がアクセントになっていて、とても柔和な笑顔だ。

　だけど僕は筋金入りの非モテ男子だ。

　こんな状況で、『キミ、カワイイね、よろしく』なんて挨拶をかます余裕などない。

　あたかも外の景色を見ていて偶然目が合ってしまったかのようなふりをしてごまかすだけのダメ男なのだ。

　自覚しているだけマシだと思ってほしい。

　マニュアル通り、ちょっと視線をずらして、満開の桜が気になっていたんだというテイを装いながら、わざとらしい動作で彼女に背を向ける。

　ほおづえをついて、次の生徒の自己紹介に聞き入っているふりをするところまでで一連の動作が完了する。

　ごまかせたかどうかは分からない。

　でもまあ、キモイとか舌打ちされなければそれでいい。

　何しろ相手だって、自称死神さんなのだ。

　ただ、僕の頭の中は彼女の微笑みで一杯だった。

　あんな微笑みをずっと向けられていたら、心臓がバクバク沸騰して僕は本当に死んでしまうだろう。

　まさにキミは僕の死神だね。

　やばい、ポエムなんか語り出してしまった。

　耳が熱くなる。

　額に汗まで浮いてきた。