部活を終え、あとは帰るだけとなった。
今日こそは朋君と帰ろうかとメッセージを送って待っていると、すぐに彼から返事が届いた。
『今日部室に死んだ動物がいた。片付けるから遅くなる。先帰っといて。悪いな』
「まじか」
なかなかお互いにタイミングがあわない。ため息をつきながら学校を出ると、足は自然と秘密の場所へと向かっていた。
「やあ、こんにちは」
噴水にはすでにおじさんが座っていて、私に気づくと片手を挙げた。
約束していなかったので、今日も会えるとは思わなかった。サプライズプレゼントでももらったかのような気持ちになる。
「おじさん!」
「昨日は無事に帰れた?」
「そ、それが! おばけにあったんです!」
「おばけ?」
おじさんがすっとんきょうな声をあげた。
「あれから男の子が私と入れ替わりに来たんです。それで帰り道にその子の生徒手帳が落ちてたから、届けたんです。ついでに『おばけが出るから早く帰ったほうがいいですよ』って言ったら、『家に帰ったらおばけよりこわいものが待ってる』って言って、帰ろうとしないんですよ!」
「あはは! ゴキブリでも家にいるのかな?」
「それ私も言いました」
おばけの話をしているのに、おじさんはちっとも怖がらない。むしろどこか楽しそうだ。
気を取り直して咳払いをする。
「ゴホン! ……それで、ここからですよ! 私の幼馴染が、その子と同じ高校に通ってる友達に知ってるか聞いたら、知らないって言うんですよ!」
「あー、間に合わなかったか」
「え?」
「おばけに出会っちゃったね」
おじさんが不気味な笑顔でぽつりとそう言うものだから、首筋に虫が這うようなおぞけが走った。
「や、や、やっぱりおばけ!」
「……、ぶふっ、ふ!」
おじさんはこらえきれないといった表情で吹き出し、「あーっはっは!」と高らかに笑った。
「いやいや、違うでしょ。きっとその男の子は、クラスの端っこでじっと息を潜めているタイプなんだよ。教室の一部みたいに、どこにも存在しないみたいに」
「……えー?」
「その友達だって、同じ学年の人をみんな覚えているわけじゃないだろう。目立つ人、目立たなくても部活や委員が一緒の人、勉強や運動など秀でたものがひとつでもある人。……そんな人たちのこと以外は、案外覚えていないものだよ」
「……そっか。確かに、聞いてすぐ返事が来たから、調べずに自分の記憶だけで知らないって言ったのかも」
「うん。だから大丈夫だよ。でも本物のおばけの可能性も捨てきれないから、今日は昨日より早く家に帰るんだよ」
「はーい」
おじさんの穏やかな声を聞くと、さっきまでざらついていた気持ちが滑らかになっていくのを感じる。
おじさんの隣が、心地よかった。