仕事帰り、10年ぶりに廃ホテルの庭園に訪れた。

草木が伸びて以前より廃れてしまったけれど、相変わらず時が止まったかのように静かで美しかった。

「……時田君、別の世界では私たち、結婚してたんだね」

彼がいつも座っていた噴水の縁に、涙でごわごわになってしまった『死んだ僕の愛する人へ』の本を置く。

「……私は、せいいっぱい生きるよ。大切に、生きるよ。あなたが守ってくれた分」

本当はこんなきれいごと、言いたくなかった。だけどおじさんは、私とお別れのときに、「幸せになってね」と言った。

幸せになるには、時が止まったこの場所に、この想いを隠しておくしかなかった。

まだまだ、吹っ切れるには時間がかかりそうだったから。

「だから、またね」

いつかこのことに、本当に向き合えるようになったら。いつかこの感情の名前がわかったのなら。

そのとき、私はこの本を迎えにいく。


「あ、もしもし、朋君? ……あのね」


悲しいことがあっても、泣きそうになっても、もうおもしろGIFには頼らない。


「これから、激辛ラーメン食べにいこう」


電話口の朋君の笑い声がくすぐったくて、自然と笑顔がこぼれた。