「心春、帰ろう」
「……うん」

部活終わりの朋君は、清涼スプレーの匂いがする。そんなこと、すっかり忘れていた。

彼と一緒に帰るのはいつぶりだろう。いつも私は真っすぐ廃ホテルへ行っていたから……ああ、もうおじさんのことを考えるのはやめたいのに。今は朋君と一緒にいるのだから。

「もう高2の秋だぜ、早いよなあ」

大切な話があるというから身構えていたものの、いつものように世間話が始まるものだから、拍子抜けしつつもその調子に合わせる。

「そうだねー。この間入学したばっかな気がする。高校生活も残り半分かあ」
「うん。だからさ、はっきりさせようと思って。時間をむだにしたくないし」
「うん?」
「俺さ、心春が好きなんだ」
「……え?」

日常会話の一部に組み込まれた『好き』という単語に違和感を覚えて、足を止める。朋君も歩くのをやめて、私のほうをじっと見つめた。

プリンが好き、犬が好き、あの芸能人が好き。そんな好きとは違ったニュアンスがあった。

「心春と付き合いたいと思ってる。中学生の時からずっと」
「……え?」

そういう話に疎い私がわかるように、小細工のない言葉を使って、私の目をしっかり見つめて、朋君は手を差し出した。

「いいならいいでいいし、だめならちゃんと断ってほしい」
「……」
「そういうのわからないとか、なしな」
「……」

退路を断たれた。

朋君が誠実に告白をしてくれたから、私も真摯に答えないといけない。

「……ごめんなさい。朋君のこと好きだけど、私の好きは、朋君のと違う」
「……うん」
「ごめんなさい」
「……いいよ。話聞いてくれてありがとう。明日から、フツーに接してな。あと、もう登下校は別々にしよう。じゃあな」

朋君はいつもより早口に喋って、小走りで帰り道を進んでいった。

私の家と一緒の方向だから、私の足は止まったまま。傾き始めた太陽が照らす、広くて大きな背中を見つめる。

もう彼とは、一緒にこの道を歩けないんだなあと思うと、喪失感でいっぱいになる。

もしも私がおじさんと知り合っていなかったら、朋君と付き合っていたのかもしれない。

恋愛感情はなくても、朋君と離れるのは嫌だからと子どものようなことを思って、指輪ひとつない彼の手をとったのだろう。

だけど私は、知ってしまった。

悲しみに覆われた水浸しのこころの中で、それでも懸命に灯ろうとする火を。あの人だけに向けられた特別な感情のことを。