「時田君!?」

黒髪で大きな目に、男子高の制服。最近早く帰っていたから忘れていたけれど、彼は遅い時間からあの庭で過ごしていたのだった。

「どうして、名前……」

時田君は怯えたような目で私のことを見る。

そりゃそうだ、落とし物を拾っただけの関係なのに、再会したときに名字を叫ばれたなんて恐怖でしかない。

「生徒手帳に書いてあったのを、覚えてたから……」
「! あ、ああ、生徒手帳を拾ってくれた人……?」
「そうです。……あの、怪我ありませんか?」
「はあ、まあ」
「あ!!!」
「ひっ!?」

私が大声を上げると、時田君はびくりと震えた。目の大きさと相まって、チワワみたいだ。

「大変、怪我してる! 顔!」

時田君の白い頬に、一筋の赤い傷がついていた。ガラス片で引っ掻いたような痕だ。

「ぶつかったときに、カバンのキーホルダーとかが当たったのかな? ごめんなさい、顔に傷をつけちゃって」
「え? いや……。大丈夫です」
「絆創膏ないかな」

スクールバッグをひっくり返す勢いで、止血できるようなものを探す。こういうときに限って見つからない。

「あの、大丈夫だから」
「あ、あった! これ」

ハンカチが見つかった。ここぞというときに女子力をアピールするために買って、カバンに突っ込むだけ突っ込んだままの未使用品だ。

男の人が使っても違和感のないシンプルなデザインなので、これなら絆創膏の代わりになるだろう。

「これ新品だから、汚くはないと思います! 返さなくていいので! 本当にごめんなさい……」

時田君の陶器のような肌にハンカチを押し当てる。彼は大きな目を丸くして、そんな私を無言で見つめていた。

「それじゃ! 本当にごめんなさい!」
「あ、あの」
「さよなら」

時田君に背を向けて走る。

おばけ扱いしてごめんね。と、心の中で謝りながら。