ため息をついた私に気づいた冴子が、横から声をかけてきた。
「まだ、連絡つかないの?」
「うん……」
帰り支度の済んだ私は、手元の携帯に、じ、と視線を落とす。なんのメッセージもない携帯も、すっかり見慣れてしまった。
岡崎さんのメッセージも、相変わらず既読はつかないらしい。思い切って私も連絡してみたけれど、上坂の携帯は電源自体が入ってない。
「既読もつかないし……ホントに生きてんのかな」
「家には、行ってみた?」
「家って……上坂んち?」
「そう」
「どこにあるか知らないわよ」
確か、榊台の方だって聞いたことがあるけど、詳しく聞いたこともないし、もちろん行ったこともない。
「聞いてこようか?」
「誰に?」
「先生」
「そんなの、簡単に教えてくれるわけ……」
言いながら、思い出した。
上坂のクラスの担任は、小早川先生だ。
私は、声をひそめて冴子に近づく。
「そんなことして、いいの?」
「職権乱用には違いないけど、美希の周りにできてるうっとうしすぎるブラックホールがどうにかなるなら、許容範囲内でしょ」
「ブラックホール……?」
「ここんとこの美希って、特技ため息、になっている」
「え……嘘。自覚なかった」
「でしょうね。とにかく、気になっているなら確かめてみなよ」
「でも……連絡くれないってことは、私には用がないってことでしょ? そんなとこにわざわざ連絡したら、それこそうっとうしいって……」
「その考え方が、すでにうっとうしい。だいたい、あんた彼女なんだから、堂々と乗り込んでもいい立場じゃない」
「彼女っていっても……」
「ほら、行くよ。早くしないと、先生、クラブ行っちゃうから」
「小早川先生って、どこの顧問なの?」
「囲碁」
「……しぶいね」
乗り気でない私の手を、冴子は引っ張って立ち上がらせる。教室から出る時に何気なく視線を感じて振り返ると、青石さんと目が合った。
青石さんは、何かを言いかけたようだったけれど、冴子に引っ張られていた私はすぐに廊下にでてしまった。彼女の、いつもみたいにバカにした笑顔じゃない、もの問いたげなその表情が、少し、気になった。
☆
「上坂君か」
英語研究室に行くと、小早川先生は机で何やら仕事をしていた。もう一人いる英語教師、青山先生はもう帰ったということでいなかった。
「連絡が取れないので、直接お家へ行ってみたいんです。住所、教えてください」
さくさくと冴子が話を進めてくれる。
「住所教えるのはいいんだけど」
もちろん内緒だよ、と一言添えてから、小早川先生は眉をひそめた。
「もしかしたら、お邪魔しても家にはいないかもしれない」
「「え?」」
「いや、ね。先週の火曜日に上坂君本人から、今日は休みます、って電話をもらったんだ。でも次の日は何の連絡もなく学校に来なかったから、家の方に連絡してみた。そしたらお母さんが出て、家の都合でしばらく休ませますと言われたんだ。なんとなくその話し方がしどろもどろで、様子がおかしくて。あれから二回ほど電話してみたけど、出るのはお手伝いさんで、上坂君はおろかご両親も電話口に出てくれない。お母さんは彼が休んでいることわかっているようだったから、何か理由があるみたいだね」
「そうですか……」
「梶原さん、上坂君とつきあってるんだって?」
いきなり言われて、私は冴子を見る。やつは平然と笑っていた。慌てたように答えたのは、小早川先生の方だ。
「まだ、連絡つかないの?」
「うん……」
帰り支度の済んだ私は、手元の携帯に、じ、と視線を落とす。なんのメッセージもない携帯も、すっかり見慣れてしまった。
岡崎さんのメッセージも、相変わらず既読はつかないらしい。思い切って私も連絡してみたけれど、上坂の携帯は電源自体が入ってない。
「既読もつかないし……ホントに生きてんのかな」
「家には、行ってみた?」
「家って……上坂んち?」
「そう」
「どこにあるか知らないわよ」
確か、榊台の方だって聞いたことがあるけど、詳しく聞いたこともないし、もちろん行ったこともない。
「聞いてこようか?」
「誰に?」
「先生」
「そんなの、簡単に教えてくれるわけ……」
言いながら、思い出した。
上坂のクラスの担任は、小早川先生だ。
私は、声をひそめて冴子に近づく。
「そんなことして、いいの?」
「職権乱用には違いないけど、美希の周りにできてるうっとうしすぎるブラックホールがどうにかなるなら、許容範囲内でしょ」
「ブラックホール……?」
「ここんとこの美希って、特技ため息、になっている」
「え……嘘。自覚なかった」
「でしょうね。とにかく、気になっているなら確かめてみなよ」
「でも……連絡くれないってことは、私には用がないってことでしょ? そんなとこにわざわざ連絡したら、それこそうっとうしいって……」
「その考え方が、すでにうっとうしい。だいたい、あんた彼女なんだから、堂々と乗り込んでもいい立場じゃない」
「彼女っていっても……」
「ほら、行くよ。早くしないと、先生、クラブ行っちゃうから」
「小早川先生って、どこの顧問なの?」
「囲碁」
「……しぶいね」
乗り気でない私の手を、冴子は引っ張って立ち上がらせる。教室から出る時に何気なく視線を感じて振り返ると、青石さんと目が合った。
青石さんは、何かを言いかけたようだったけれど、冴子に引っ張られていた私はすぐに廊下にでてしまった。彼女の、いつもみたいにバカにした笑顔じゃない、もの問いたげなその表情が、少し、気になった。
☆
「上坂君か」
英語研究室に行くと、小早川先生は机で何やら仕事をしていた。もう一人いる英語教師、青山先生はもう帰ったということでいなかった。
「連絡が取れないので、直接お家へ行ってみたいんです。住所、教えてください」
さくさくと冴子が話を進めてくれる。
「住所教えるのはいいんだけど」
もちろん内緒だよ、と一言添えてから、小早川先生は眉をひそめた。
「もしかしたら、お邪魔しても家にはいないかもしれない」
「「え?」」
「いや、ね。先週の火曜日に上坂君本人から、今日は休みます、って電話をもらったんだ。でも次の日は何の連絡もなく学校に来なかったから、家の方に連絡してみた。そしたらお母さんが出て、家の都合でしばらく休ませますと言われたんだ。なんとなくその話し方がしどろもどろで、様子がおかしくて。あれから二回ほど電話してみたけど、出るのはお手伝いさんで、上坂君はおろかご両親も電話口に出てくれない。お母さんは彼が休んでいることわかっているようだったから、何か理由があるみたいだね」
「そうですか……」
「梶原さん、上坂君とつきあってるんだって?」
いきなり言われて、私は冴子を見る。やつは平然と笑っていた。慌てたように答えたのは、小早川先生の方だ。