広大な土地が広がるこの辺りの地形は、四方八方に山がなく、ひたすら平野が続き、高いビルや建物が目の前を遮らなければ地平線が当たり前のように見渡せる。
 ダウンタウンで、密接してそびえて建っている近代ビルを遠くから見ると、地平線が広がる土地では、そこだけ生け花をさしたように目立っていた。
 それを背にしながらコールはハイウエイを走っていた。
 高速を降り、住宅街に入って目的地へと車を急がせる。
「おっと、ここでスピード違反をしたらリチャードが飛んできてしまう。気をつけねば」
 広い緑の土地に囲まれた池の向こう側に屋敷が見えると、焦る気持ちを抑え適当な場所に車を止めて、そこからは歩きだした。
 このあたりは土地が豊富なため安く、家もそこそこの値段で大きなものが建つ。
 ある程度の余裕があれば、豪邸も夢ではないかもしれない。
 そんな豪邸の中でも、値段が極端に安かったりすれば、いわくつきの可能性もあるかもしれないが、実際過去に殺人事件の舞台となり、人々は呪われた屋敷と噂する家があった。
 もう何十年も人が住んでいないが、門の向こうは広い土地と木々に囲まれ、何軒もの家を足したような大きさの立派な屋敷が建っていた。
 コールはその家の門前に立った。
 過去に悲鳴が部屋中響き、赤い血の海に染まった屋敷だと思うと肌に合うと興奮し舌なめずりをした。
「さあて、ゴードンを探すか」
 門がどんなに高くとも、超人並の動きで軽がるジャンプしては、あっという間に敷地内へ入っていく。誰かに見つかり追いかけられたとしても、コールは捕まる心配は全くなかった。
 それよりも追いかける奴の背後に素早く移動して、いざとなれば首を絞めることだろう。この男には下手に近づけば命の保障はない。
「ゴードン、居るか。いるんだろう。でてこい」
 コールはかくれんぼの鬼のようにゲーム感覚で辺りを探す。
 誰もいるはずのない二階の部屋の窓に物影がすっと動くと、そこだとめがけて屋根に飛び乗り素早い動きでコールは追いかけた。
 逃がすかと、窓ガラスの部分に体をすり抜けさせた。
 コールはガラスであれば、それを液体化させて、そこを通り抜ける能力を持っていた。
 やはり素早い動きのコールには敵わずに、ゴードンはいとも簡単に首根っこを捕まえられていた。
「やっと見つけたぜ、ゴードン。なんで逃げるんだ」
 コールの顔は笑っているが、低く不気味な声をだしていた。
 それ以上変な行動をすると容赦はしないと言っているようなものだった。
「コール、何しにきたんだよ。おいら何もしてねーよ」
 コールが怖いのか、丸い体をさらに猫のように丸め、ゴードンは怯えていた。力関係がありありと見えた。
「あれだけノンライトたちの世界で騒ぎを起こしておいて、何もしてないだと。嘘つくと為になんないぞ」
 ゴードンは床に投げ飛ばされた。体がふくよかで丸いせいかボールのように跳ねて転ぶ。乱れた少ない髪を後ろになぜてぷくーっと頬を膨らませた。
「痛いじゃないか。ただでさえ、足腰が痛いっていうのに。もしかして昨晩のことを聞いてるの? あれはホワイトライトじゃなかったよ。引っかかった反応が いつもと違ったからおいらも変だと思ったんだ。そして確かめにいったらやっぱり違った。ディムライトよりは力ありそうだったけど、中途半端な奴だった。だから腹立って虐めてやった」
「ホワイトライトじゃなかったのか。それでも反応はあったってことなんだろう。そいつは何者だ」
「そんなのわかんない。役に立たないものはいらないからどうでもいい」
「まあ、それはいいとして、そこで物は相談だが、罠をあちこちに仕掛けてくれないか。ホワイトライトがこの辺にこっそりと潜んでいるんだ。それをどうしても見つけたい」
 コールの顔をちらりと見ながら、嫌悪感を露にし、ゴードンは渋るような態度を見せた。
「罠ならもうあちこちにしかけてある。おいらもホワイトライトを手に入れたい。足腰が痛いからそれ治して欲しいだけ。それ以上のことは望まない」
「お前、わかってねぇーな。ホワイトライトに足腰の痛みを治して欲しいだと。あいつらは医者か。それよりも、ホワイトライトのもつライフクリスタルを手に入れれば、あいつらの世界に行き来でき、永遠の命を持つことができるんだぜ」
「ライフクリスタルは彼らの命のことじゃないか。そんなのとったらホワイトライト死んじゃう」
 ゴードンはダークライトでもすれてない部類だった。深く物事を考えられず、他のダークライトの間では頭が足りないと見下されている存在だった。
 それがゴードンのコンプレックスでもある。
 だがホワイトライトを見つける能力は誰よりも優れているために、自分の意思とは裏腹に利用されやすい存在でもあった。
「何言ってんだ。あいつらばかりいい思いして、のうのうと永遠に暮らしてやがる。それをダークライトが乗っ取ってやるんだ。この世は面白くなるぜ。俺たちが全ての世界を支配するんだぜ。なっ、協力するだろう」
「コール、ずるいから信用できない。今までいろんなダークライト騙した」
「お前はちょっと頭の足りない奴だと思っていたが、ここまでバカだったとは。俺に逆らうってことはどういうことかわかってるのか」
 コールは凄みをきかせ、褐色の目になり数体の影を呼び集めた。
 ゴードンはそれに取り囲まれ、じりじりと追い詰められていった。
「何すんだよ。おいら、影嫌い。こいつらおいらの中に入って好き勝手する。暴れたらリチャードに目をつけられる」
 影は通常ノンライトにとり憑くが、ゴードンのような気弱なタイプのダークライトも、ときには影が入り込み、いいように弄ばれる。
「昨日あれだけ暴れておいて、もうとっくに目を付けられてるんじゃないのか。そんなこともわからないのか」
「あれは、殺してない。腹立ったからちょっと虐めただけ。あれくらいならリチャード許してくれる。でも影がおいらに入ったらのっとられて誰か殺しちゃう。そしたらリチャードに抹殺される。嫌だ」
 ゴードンは弱いために、他のダークライトに利用されないようにと、リチャードのいるこの土地をわざと選んでいる。
 悪事を働きたい、力を持つダークライトは反対に、この土地を敬遠するので、無茶をしなければ平和に暮らせるのをゴードンは良く知っていた。
「だから、ホワイトライトを手にしたらリチャードなんて怖くなくなるんだよ。俺たちの方が偉くなるんだよ」
「偉くなる? それっておいら賢くなるってことか?」
 急にゴードンの目がキラキラする。憧れと希望が瞳に現れた。
 コールはその手があったかとイライラしてた気分が急に晴れ、笑顔と共に最大限にゴードンの欲望を刺激した。
「ああ、そうだ。もう誰にもバカにされずに、賢くなって皆から認められる」
「そっか! 賢くなるのか。それじゃ手伝う。でもコール絶対おいらのこと裏切らない?」
「当たり前だろうが。お前は俺の相棒じゃないか。お前と俺でダークライトを一番偉いものに変えようぜ」
「賢くなれる。もうバカとは呼ばれない。うん、わかった協力する。だからこの影どこかへやって」
 コールは影を蹴散らした。
 だが一体だけ、まだゴードンの背後にいる。それに指示を与えると、何も知らないゴードンの背中にすーっと入っていった。
 コールは鼻で小バカに笑うも、何事もないようにゴードンの肩を抱いて大親友のように豪快に優しく接した。
 ゴードンは何も知らず気分よく無邪気に浮かれていた。

 この日、突然学校が休みになると、考えることは皆同じなのか、暇をもてあそぶ高校生達がモールや映画館に足を運んでいた。
 サラ、グレイス、レベッカ、ケイトの四人組みも映画館から出てきて、先程鑑賞した映画の感想を好き勝手に述べていた。
「禁断の恋か。ねぇ、吸血鬼って本当にいるのかな。あんなかっこいい吸血鬼なら私も恋に落ちたい」
 レベッカが目をとろんとさせて語っている。
「あんたじゃ無理よ。せいぜい、血を吸われて捨てられて川に浮かんでるわ」
 ケイトがメガネを押さえて、あざ笑うかのようにあっさりと返すと、レベッカはケイトの頭を叩いた。
「でもあの映画観てたら、主人公たちがベアトリスとヴィンセントと重なっちゃった」
 ぼそっとグレイスが言った。
 サラは何も言わずスタスタと前を歩いている。
「そしたら、もう一人でてきた恋敵の狼男の役はパトリックになってしまうじゃない」
 レベッカが笑いを取ろうと冗談を言ったつもりが、サラが突然振り返り強く睨んでいた。
「どうしたのよ、サラ、何をいらついてるの。映画面白くなかったの?」
 レベッカが走りよって声をかけるが、サラは無視をした。ほっとけとケイトが目で伝えると、レベッカも頷く。
「ねぇ、まだ時間あるし買い物にいかない」
 グレイスが気を遣って三人をモールへと導いた。
 ぶらぶらと四人が歩いていると、ショーウインドウに飾られたドレスに目が行き立ち止まる。
「そう言えば、プロム(ダンスパーティ)がもうすぐね。私達ソフォモア(10年生)は来年からになるけど、もしジュニア(11年生)シニア(12年生)の男子に誘われたら 出られるんだよね。誰か誘ってくれないかな」
 レベッカが憧れの眼差しを向けて言った。
 彼女はショートヘアーでボーイッシュな感じがするが、内面は白馬の王子様を待つような女の子であった。
 だが、ソバカスがコンプレックスなために、それを補おうと明るく振舞い活発な雰囲気が目立ってしまう。
「この中で一番可能性がありそうなのはグレイスね。この間デート誘われてたじゃない。あれは確かジュニアじゃなかった?」
 ケイトがしっかり見てたと言わんばかりに言った。
「やだ、ケイトったら、見てないようでちゃんと観察してるんだもん。監視カメラみたい」
 グレイスははにかみ、困惑した態度をとった。
「でも、断ったんでしょ。グレイスが見知らぬ男性に声を掛けられてホイホイついて行くわけないじゃない」
 話の腰を折るようにぶっきらぼうにサラが言った。
 三人は顔を見合わせる。サラの機嫌が悪いことを感知して、またいつもの悪い癖が始まったと確認しあっ た。
「だけど、サラだって隣のクラスの男の子からデート誘われたわよね。あっさり断ってたけど。あの子、結構もてるのにもったいないな。でもサラってどういうタイプが好みなの?」
 ここはサラ中心の会話を取らせようと、レベッカが話を振った。
 しかしサラは黙って三人の前を歩いていた。質問に答えようとはしなかったが、質問の内容はしっかりと把握し、サラの頭の中には憧れの人の顔が浮かんでいた。
 でも、そんな事はこの三人の前では言えるわけがなかった。
 サラの反応がいつまで待っても得られないので、三人は好きにすればいいともう放っておくことにした。
「ねぇ、なんか飲まない? 喉渇いちゃった」
 ケイトがモールの中心にあるフードコートに行こうと誘った。
 各々の好きなものを手に入れ、空いているテーブルを見つけ一息つく。
 だけどサラだけは、何も頼まず静かに座っていた。
 グレイスが気を利かせて、自分の飲み物を勧めるが、いらないとサラは手ではたいてしまった。
 その時カップがテーブルに倒れしまい、蓋がしてあったがストローを差し込んだ隙間から少し中身が飛び出してしまった。
「サラ、いい加減にしなさい」
 レベッカが注意をすると、グレイスはこれ以上こじれるのを避けるためになだめていた。
「大丈夫だって。私の不注意で傾いただけだから。ちょっと手が汚れたから洗ってくるね」
 グレイスは立ち上がり席をはずした。
 サラのおかしさがいつもの機嫌の悪さとは違うのを気にしていた。

 パトリックとベアトリスも同じモールで買い物していた。
「でかいモールだな。ここじゃなくても、その辺の適当なところでよかったんだけど、もしかしてベアトリスがここに来たかったのかい。僕とのデートのためにいいところを選んでくれたんだね」
 また出たかとベアトリスは思ったがもうすでに免疫がついていた。
「ここが一番近かったの。ここなら欲しいもの大体揃ってるからちょうどいいでしょ」
「そして、映画館もある。なるほど一緒に映画っていうのもいいね」
「アメリアを放っておいて映画なんて観てられないでしょう。早く欲しいもの買って帰りましょう」
 ベアトリスが後方にいるパトリックに視線を向けながら前も確認せずに歩いていると、パトリックは走ってベアトリスを片手でさっと抱えた。
 ベアトリスは突然のことにドキリとしてしまう。
 また抗議しようと怒りを露にしようとしたとき、目の前を車がすーっと通っていった。
 車が頻繁に出入りする駐車場では、余所見をしていると危険だった。
「危ないじゃないか。駐車場で轢かれたらどうすんだい」
 パトリックに助けられて、ベアトリスはバツが悪くなる。
 さらにパトリックはベアトリスの手を繋ぎ、幼児のように引っ張っていった。
「ちょっと、子供じゃないんだから離してよ」
「やだ。この手を離したらまた君は危ないことするかもしれない」
 ベアトリスはパトリックの腕を見て、ヴィンセントと手を繋いで廊下を走ったことを思い出すと、それとオーバーラップしてしまう。
 はっとしたとき、パトリックの手を大きく振りはらって、慌ててモールの入り口へ早足で進んでいった。
 パトリックは寂しげな表情で何も言わずに後を静かについて行く。
 モールの中では必要なものを値段も見ずに、パトリックは手当たり次第に買っていく。
 支払いは全てカードを使っていた。
「一応社会人だからね」
 聞いてもないが、ベアトリスが口を開けてみていることに、パトリックは心配ご無用といつもの笑顔を振りまいていた。
 元々金持ちではあったが、仕事を持って自分で稼いでるのならベアトリスも文句もいえない。
 ベアトリスはパトリックのしたいように任せ、暫く従って着いて行っていたが、買い物は中々終わりそうにもなかった。
「ねぇ、まだ服買うの?」
 ショッピングバッグは両手一杯に増えていた。
「うん、着替えあんまりもってこなかったから、それにかっこいい服着ないと、ベアトリスのハートをつかめないだろ」
 はいはいと、ベアトリスは無視して先を歩いた。
 そしてある店で足が止まった。そこはヴィンセントが着る服装の雰囲気がしていたからだった。
 それをじーっとみてふと廊下で拾った服の切れ端を思い出した。
 ご丁寧にしっかりとジーンズのポケットに入れていた。それを取り出して複雑な思いで眺める。
「ベアトリス、どうしたの」
 パトリックに声を掛けられ、咄嗟にまたその服の切れ端をポケットにしまった。
「あっ、ここもいい感じの服があるね。ちょっと見ていこうかな」
「ダメ!」
 ベアトリスの口から咄嗟に出た言葉は、何かを守りたいほどに威嚇するくらいの勢いだった。
「なんだよ、そんなに強く否定しなくても…… 僕に似合わないってかい? そうだな、ちょっと派手だよね。僕は落ち着いたシンプルなものが好きだか らね。さすが僕の好みまですぐにわかるなんて、よく僕のことみてくれてるんだ」
 ベアトリスは心苦しかった。本当の理由など言えない。それなのにパトリックはいつも前向きな答え方を返してくる。
 ヴィンセントのことを考えるとパトリックと一緒にいることが辛くなってくる。
 心の寂しさを補うためにパトリックを利用している気さえしてきた。
 ただの幼なじみで友達と線分けしていても、認めてなくとも形式上は婚約者でもある。
 そして何より、パトリックと一緒に居ることが嫌じゃなかった。強引で必要以上に前向きだが、優しくていつも自分のことを考えてくれて守ってくれる。
 ベアトリスはパトリックに流されていくのが怖くなってしまった。だが、繋ぎとめるためのロープがどこにも引っかからない。
 心の迷い──。
 ベアトリスは衝動にかられ突然早足でその店の前を過ぎ去った。
「ベアトリス、ちょっと待ってよ」
 パトリックは追いかけようとしたが、前から来ていた人とぶつかってしまった。謝っている間にベアトリスは人ごみに紛れてかなり先を歩いていってしまった。
「んもう、参ったな。まっ、いっか。迷子になるってこともないな。方向はこっちだし、僕の姿が見えなくなったらベアトリスも気になって探してくれることだ ろう」
 パトリックは落ち着いてまた自分のショッピングを楽しんだ。そしてチョコレートショップを見つけるとそこに入っていった。
 我に返ってふと後ろを振り返ると、パトリックがいないことに今度はベアトリスが気がついた。その場で突っ立って、辺りをキョロキョロする。
 そして後ろから突然肩を叩かれた。