龍神祭は湖の守り神である龍神を称える祭りで、毎年お盆に催される。

祭りの当日、龍天神は橙色の提灯で彩られ、飴屋やお面屋などの露天がずらりと並ぶ。境内の奥では、地域の人々が輪になって、太鼓と笛の音を頼りに伝統舞踊を舞い続けるのが習わしだった。

時代を遡ったかのような幻想的なその祭りは、この町きっての大行事だ。

婦人会の会長を務めている響のお母さんからの頼みで、私たち五人は毎年祭りの準備を手伝っている。今年の仕事は、神社へと続く長い石段の提灯の飾りつけだった。

毎年のことなので提灯用の竿はすでに設置されているものの、ひとつひとつ脚立を用意してつけなければいけないため、なかなかの重労働だ。

私と響、それから日方と彼方の二手に分かれ、石段の左右に提灯を吊り提げていく。

「あ~、だっりー。この階段、一体どこまで続くんだよ。おい彼方、次代われよ」

「やだよ。俺さっきまで、梯子登る方やってたし。ていうか、響たちに全然追いつかないぞ」

私たちのはるか後方で、日方と彼方がやいのやいのと言い合っている。

響の方はというと、文句も言わず次から次へと手際よく提灯を吊り提げている。私の役目は脚立に登っている響に提灯を渡すだけだから、かなり楽だった。

「皐月は?」

「さあ? 遅れて来るんじゃないかな」

額の汗を拭いながら、私の質問に響が答える。

だけど待てども皐月は来ないまま、あっという間に全ての提灯の取り付けが終わってしまった。作業から解放された私と響は、石段を登り切り、石造りの鳥居の向こうに広がる境内に足を踏み入れる。

「響、休憩しよう」

石段に腰掛け、持って来ていた水筒を差し出せば、「サンキュ」と響は受け取った。

ザワザワと、境内を取り囲む竹林が揺れている。竹林のおかげで境内全体が陰になっているため、真夏とは思えないほどに涼やかだ。遥か上空を、カラスが鳴きながら飛んでいた。

「なあ」

疲労のせいかすっかりだんまりを決め込んでいた響が、水筒から口を離しながら言った。

「優芽って、東京で彼氏できた?」

「ううん、できてない。響は?」

「俺もいないよ」

「そっか」

「うん」

妙な沈黙が、私達の間に訪れる。

隣で、響がしきりに水筒に口をつけてきた。一リットルお茶を用意してきたけど、この分だとあっという間に飲み干してしまいそうだ。蝉の声が、ジリジリと耳に響く。

澄んだ水の香りが風に乗ってふわりと漂ってきた。
竹林畑の向こうには、今日も湖が広がっている。

「響、そういえば……」

澄んだ水の匂いを嗅げば、湖で溺れそうになった子供の頃のことを思い出してしまう。

あの日、この匂いに包まれながら、無我夢中で苦しみもがいた。

「何度もお礼は言ったかもしれないけど、ありがとね」

響が「何のこと?」と首を傾げる。

「湖で私が溺れた時、助けてくれたこと。小五の夏に」

「ああ」と響は納得したような声を出すと、一呼吸置いて、困ったような顔を見せる。

「優芽、そのことなんだけど……」