竹林の道を過ぎて山道を下れば、やがて平地に行き着いた。清流のほとりにある白い家が、お母さんの実家であり、小五の終わりまで私の住んでいた家だ。

おばあちゃんが亡くなってからは、うちの別荘的な場所になっている。
古風な洋風の建物で、緑色の三角屋根の上では風見鶏がくるくると旋回していた。中庭に面したルーフテラスは、昔から私のお気に入りの場所だ。

「綺麗に掃除されてるわね。三上さんにお礼を言わなきゃ」

先に中に入ったお母さんが、嬉しそうな声を上げている。

三上さんとはお母さんの旧くからの知り合いで、私たちがいない間、定期的にこの家の掃除をしに来てくれている。気さくで面倒見のいいおばさんで、息子の響とは小学校からの付き合いだ。

そういえば、響も元気してるかな。そんなことを思いながら私も続いて中に入ろうとすると、突然「わっ」と背後から大声が聞こえた。

驚きのあまり跳ねるように振り返れば、男の子が二人ケラケラと笑いながら私を見ていた。

双子の彼方と日方だ。黒髪に狐顔の二人は、皐月とは違って去年よりずいぶん背が伸びている。

「彼方と日方、びっくりさせないでよ!」

「優芽って、毎年これで驚いてるよな」

「少しは学んで欲しいよ」

「怒り方も去年とそっくりそのままだな」

「デジャビュかと思ったし」

私が怒れば、双子はますます喜んだ。背が伸びても、悪戯好きな性格は変わっていないようだ。

ひとしきり笑ったあとで、彼方と日方が口々に喋り出す。

「お前、相変わらず色気がないな」

「彼氏できたのかよ」

「何よ、いきなり。そんなのいないよ」

「マジかよ、東京って意外と遅れてるんだな。俺ら、二人とも付き合ってる子いるんだぜ」

「本当に? 彼女たち、二人の見分けついてるの?」

「時々間違えられるよ」

平然と答える日方に、思わず笑ってしまう。

「でもよかったよ」

彼方が、私の肩にポンと手を置いた。

「よかったって、何が?」

「優芽に彼氏ができてなくて」

それの何がよいのかさっぱり分からず眉根を寄せれば、何かを含んだように二人は顔を見合わせて笑い合った。

「響がさ、飯屋でバイトしてるんだ。あとで行こうぜ」

「いいよ。ご飯屋さんって、もしかしてうなぎの”仙家”?」

「そうそう。ていうか、他に飯屋なんてこの辺にないし」

ここは町の外れにあって、中心部に行けばまだガソリンスタンドやご飯屋さんなんかがあるけれど、この界隈にはほとんど何もない。小学校ですら、徒歩一時間という驚きの立地だ。

「皐月も誘う?」

「どうだろな。あいつの病気良くなったみたいなんだけど、昼間はやっぱり出歩きたがらないんだ。だから誘っても無理かも」

「そっか。それは残念」

皐月は子供の頃、日光に当たったらいけないという特殊な病にかかっていた。今でこそよく笑うようになったけど、子供の頃はいつも孤独な目をしていたのを覚えている。

『この病気は、一生治らないかもしれない』
そう言って、皐月はよく自分の未来を悲観していた。だから、治って本当に良かったと思う。

皐月は、私にとって特別な存在だから。