「あれ、皐月じゃね?」

ダークグレーのTシャツに黒のハーフパンツという出で立ち。

風に揺れる黒髪と、猫の目に似た切れ長の瞳。
皐月の見た目は、去年とあまり変わっていない。

「本当だ、皐月だ」

私は急いで助手席の窓を開けると、皐月に向けて大きく手を振った。

「ただいま、皐月」

「おかえり、優芽」

綺麗な瞳を細めて、皐月が嬉しそうに微笑む。

そんな皐月に笑顔を返すと、私は窓を閉めた。

振り返れば皐月はまだ祠の前にいて、過ぎ去る私たちの車をじっと見つめていた。

頬が、熱い。

そんな私を響はちらりと横目で見て、「皐月、全然変わってなかったな」と言う。

「うん……」

「優芽は、皐月が好きだもんな」

私は、慌てて伏せていた顔を上げた。

「どうして、それを知ってるのよ」

「見てたら分かるよ」

ははっ、と爽快に笑い飛ばしたあとで、響はどこか寂しげに「日方と彼方は元気かなあ」と呟いた。

「釣りして、ボート小屋で遊んで、祭りに行って。今年の夏も、忙しくなりそうだな」

「そうだね」

林道が終われば、もうすぐ私の夏の家に辿り着く。

今年の夏も、たくさんいい思い出が出来そうだ。

そんなことを考えながら自然と頬を緩めた私は、いつしかまた、今見たばかりの皐月の顔を思い出して赤くなっていた。



<完>