「なんで? どうして……?」

焦りとともに、得体のしれない恐怖心がじわじわと足もとから這い上がって来た。

ボート小屋がないなら、そこの息子である皐月はどこに行ったのだろう?
草をかき分けようと、辺りを見渡そうと、どこまでものどかな湖畔の景色が広がっているだけだ。

「皐月……っ!」

「優芽?」

そこに、自転車に乗った響が現れる。

キキッとブレーキ音を鳴らして自転車を停止させた響は、「ちょうど良かった。優芽に会いに行くところだったんだ」と白い歯を見せて笑った。

そして自転車を降りると、首を傾げながら近づいて来る。

「優芽、どうかしたか? 顔色が悪いぞ」

「響っ。大変なの! ボート小屋がないの!」

しがみつけば、響は「ボート小屋?」と頓狂な声を上げた。
それから、眉根を寄せて私を見る。

「何言ってるんだよ、優芽。ボート小屋なんて、もう何年も前に潰されたじゃないか」

「……え?」

大きく目を見開く。
響が何を言ってるのか、理解できなかった。

だけど同時に昨日の皐月の言葉を思い出して、どうしようもないほどに取り乱したいのを、ぎりぎりのところで食い止める。

――明日、もしも何か辛いことがあっても、慌てないで。

「……じゃあ、皐月はどこなの……?」

響の身体をつかむ手が、どうしようもなく震えた。

「さつき?」

言いながら、響は心配そうに私の顔を覗き込む。

「さつきって、誰?」