龍神祭の夜が明けた。

私が東京に戻るまで、あと数日だ。

気乗りしないまま部屋で荷造りをしていると、「優芽~」と階下からお母さんに呼ばれた。

「三上さんのところに、お世話になりましたってご挨拶に行ってくれない? それから大西さんのところにも」

無理やり渡されたのは、小さな菓子折りふたつだった。
大西さんとは、日方と彼方のお母さんのことだ。

「え、なんで私が? お母さんが行けばいいじゃない」

「何言ってるのよ、響くんや日方くんや彼方くんにお世話になってるのはあなたの方でしょ? 三上さんにはお掃除を頼んでるから、また改めてご挨拶にお伺いするけど、とりあえずあなただけでもお礼は済ませときなさい」

お母さんは、こういうことはやり過ぎなくらいにきっちりとする人だ。

どうして皐月の名前は出て来ないのだろう?

そんな疑問を胸の奥に抱えつつも、しぶしぶ菓子折りを受け取り玄関に向かおうとする。

すると背後でお母さんが「そう言えば……」と何かを思い出したように言った。

「響くん、東京の大学を受験するんだって」

「ふうん、そうなんだ」

「良かったじゃない。これで寂しくならなくて」

なぜかにやついた表情で、お母さんはそんな言葉を足してくる。

「……どうして?」

たしかに響が東京に来てくれるのは嬉しいけど、皐月が来てくれる方がもっと嬉しいな、なんて薄情なことを心の中で考えてしまった。

するとお母さんは、「またまた、すっとぼけちゃって」となぜか大笑いをしながら奥へと消えて行った。

竹林の道を抜け、龍天神の石段の前を通り過ぎる。
近所とはいえ田舎町のことなので、響の家も双子の家も、歩いて行けば三十分はかかる。

お盆を過ぎたばかりだというのに、空はどこか霞がかっていて、秋の訪れを感じさせた。

淡い日の光に、湖の水面が鈍く輝いている。
風もないのに、じわじわと円弧状の波紋が広がっていた。

その情景を眺めながら湖のほとりを歩いていた私は、ふと違和感を覚える。

「……え?」

昨日までの景色と、何もかもが違った。幾隻かのボートも、ボートの繋がれた船着き場もないのだ。

「嘘でしょ……」

よく見ればボート小屋もなくて、ボート小屋のあった場所には雑草がただひたすらに生い茂っている。