その瞬間、境内上空の夜空に、ぱっと花火が上がった。

金色の火の粉が漆黒の空に散り、吸い込まれるように消えていく。

色とりどりの花火が次々と夜空を彩り、ドンッ、ドンッ、と花火の打ちあがる音が地上を揺るがした。

境内に残っていた人たちは、皆はっとしたように足を止め、空に顔を向け出した。

「綺麗……。どこかで花火大会かな。去年までは、花火なんて上がらなかったよね」

花火の美しさに魅入られながら、隣にいる皐月に問う。

「うん」

花火を見つめながら、皐月は静かに答える。

「きっと、今年からはじまった花火大会なんじゃないかな」

言い終えたあとで、皐月がこちらを向く気配がした。
つられるように私も皐月を見れば、いつになく真面目な顔を浮かべた彼と目が合った。

ゆっくりと皐月の顔が近づき、目の前が陰る。
反射的に目を閉じた瞬間に、ひんやりとした柔らかいものが触れた。

どうしてだろう。

皐月とのキスは、初めてじゃない気がした。

ドンッ、ドンッと立て続けに花火が打ちあがる中、私たちは唇を離し、呆然としたまま見つめ合う。

そしてお互いはにかんだように笑ったあと、まるで磁石がひかれるように、私たちは身を寄せ合った。

「もうすぐ、お盆が終わるね」

皐月のぬくもりを感じながら呟く。

幸せだ、って思った。

もう二度と離れたくないって思った。

「優芽」

これ以上ないほど幸せを噛みしめていると、皐月が改まったように私を呼んだ。

「明日、もしも何か辛いことがあっても、慌てないで」

ぎゅっと私を抱く腕に力を込めて、皐月がそんな意味不明なことを言い出す。

「慌てないで、僕のところに来て欲しい」

皐月が何を言っているのかさっぱりわからなくて、私はきょとんと皐月の顔を見上げた。

そこには、思いもしなかったほど哀しそうな皐月の眼差しがあって、得体のしれない不安が胸に押し寄せた。

出しかけた言葉が、皐月の寂しげな眼差しに呑み込まれるように、喉の奥に消えて行く。

「僕はいつだって、あの湖で君を待ってるから」

皐月が、何を言いたいのかは分からない。

だけど、すごく私のことを大事に思ってくれているのが、痛いほどに伝わってきた。

「……うん、わかった」

何ひとつ理解は出来ていないけど、皐月がそう言うのなら信じようと思った。
ゆっくりと頭を振り下ろせば、皐月は目を細めて愛しげに私を見つめる。

ああ、この世界に、私にこんな眼差しを向けてくれる人が他にいるだろうか。

皐月への強い思いが胸に込み上げてきて、泣きそうになる。

誤魔化すように再び皐月の胸に顔をうずめたら、「好きだよ」って皐月が耳もとで囁いた。