龍神祭の宵が来た。
普段は湖のさざめきと虫の声ばかりの町が、にわかに人の声で活気づく。
空が藍色に染まる頃、龍天神へと続く階段に吊り提げられた提灯に、橙色の明かりがぽつぽつと灯った。
浴衣を着た人々が下駄の音を響かせながら山上へと列を成し、夏の夜風が笛と太鼓の音を運ぶ。
人々の笑い声に包まれる竹林に囲まれた神社を、蜜柑色の月がじっと見下ろしていた。
「……きゃっ」
階段を駆け上がってきた小学生の集団に圧され、体がぐらついた。
草履には慣れていないから、バランスをとるのが難しい。
だけど、ひっくり返りそうになった私の手を、響の手ががっしりと捉えてくれた。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう」
夕方に、私たちは石段の麓で待ち合わせをしていた。皐月は、少し遅れるらしい。
日方と彼方は、もちろんそれぞれの彼女と浴衣デートだ。
双子だから好みも似るのだろうか。
よく似た雰囲気の、ふんわりとしたかわいらしい女の子を連れた二人は、へへんと自慢げな視線を私と響に残して先に石段を登って行った。
どうにか体勢を持ち直し、隣にいる響を見上げる。響は安心したような笑みを浮かべたあとで、「ごめん」と慌てたように私から手を放した。
「助けてくれたのに、謝らないで」
響には、約束通り、今日告白の返事をするつもりだった。
だけど、この先も響とは友達でいたいって思う。
「だって、付き合ってもない男と手なんか握り合ってたら、やっぱマズいだろ」
「響は、別だよ」
カラン、カラン。足元で、草履が鳴り響く。
「響は、大事な友達だから」
そう言った瞬間に、妙な違和感が私を取り巻いた。
辺りの喧騒が遠のき、世界が停止したように錯覚する。
カラン、コロン、カラン……、
石段に掛けた足を止める。
あれ?
私、今響のこと”友達”って言った?
違うよ、響は……。
心の奥で、別の自分が何かを言いかけた。
「そっか」
響の声で我に返れば、寂しげにこちらを見ている彼と目が合った。
「やっぱり、俺じゃダメなんだな」
「え?」
「だって今、“大事な友達”って言っただろ。それが、優芽の答えだろ?」
今すぐ、響に告白の返事をするつもりではなかった。だけど結果としてそうなってしまい、一瞬言葉を失う。
「皐月が好きなんだろ?」
「……うん」
「ずっと知ってた。でも、自分の気持ちを伝えずにいられなかったんだ」
「ありがとう、響」
響は、子供の頃から真っすぐな人だった。それに周りを明るくする力を持っていて、いつだって彼の周りには人が絶えなかった。私にはないものを持っている、いわば憧れのような存在だ。
「皐月が来るまでは、俺といてくれるだろ?」
「うん、もちろんだよ」
良かった。響とは、この先も友達でいられそうだ。
普段は湖のさざめきと虫の声ばかりの町が、にわかに人の声で活気づく。
空が藍色に染まる頃、龍天神へと続く階段に吊り提げられた提灯に、橙色の明かりがぽつぽつと灯った。
浴衣を着た人々が下駄の音を響かせながら山上へと列を成し、夏の夜風が笛と太鼓の音を運ぶ。
人々の笑い声に包まれる竹林に囲まれた神社を、蜜柑色の月がじっと見下ろしていた。
「……きゃっ」
階段を駆け上がってきた小学生の集団に圧され、体がぐらついた。
草履には慣れていないから、バランスをとるのが難しい。
だけど、ひっくり返りそうになった私の手を、響の手ががっしりと捉えてくれた。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう」
夕方に、私たちは石段の麓で待ち合わせをしていた。皐月は、少し遅れるらしい。
日方と彼方は、もちろんそれぞれの彼女と浴衣デートだ。
双子だから好みも似るのだろうか。
よく似た雰囲気の、ふんわりとしたかわいらしい女の子を連れた二人は、へへんと自慢げな視線を私と響に残して先に石段を登って行った。
どうにか体勢を持ち直し、隣にいる響を見上げる。響は安心したような笑みを浮かべたあとで、「ごめん」と慌てたように私から手を放した。
「助けてくれたのに、謝らないで」
響には、約束通り、今日告白の返事をするつもりだった。
だけど、この先も響とは友達でいたいって思う。
「だって、付き合ってもない男と手なんか握り合ってたら、やっぱマズいだろ」
「響は、別だよ」
カラン、カラン。足元で、草履が鳴り響く。
「響は、大事な友達だから」
そう言った瞬間に、妙な違和感が私を取り巻いた。
辺りの喧騒が遠のき、世界が停止したように錯覚する。
カラン、コロン、カラン……、
石段に掛けた足を止める。
あれ?
私、今響のこと”友達”って言った?
違うよ、響は……。
心の奥で、別の自分が何かを言いかけた。
「そっか」
響の声で我に返れば、寂しげにこちらを見ている彼と目が合った。
「やっぱり、俺じゃダメなんだな」
「え?」
「だって今、“大事な友達”って言っただろ。それが、優芽の答えだろ?」
今すぐ、響に告白の返事をするつもりではなかった。だけど結果としてそうなってしまい、一瞬言葉を失う。
「皐月が好きなんだろ?」
「……うん」
「ずっと知ってた。でも、自分の気持ちを伝えずにいられなかったんだ」
「ありがとう、響」
響は、子供の頃から真っすぐな人だった。それに周りを明るくする力を持っていて、いつだって彼の周りには人が絶えなかった。私にはないものを持っている、いわば憧れのような存在だ。
「皐月が来るまでは、俺といてくれるだろ?」
「うん、もちろんだよ」
良かった。響とは、この先も友達でいられそうだ。