「……トントン、トントン」

虫の音響く窓を開け放ったままの部屋に、そんな声がおぼろげに聞こえたのは真夜中のことだった。

「うーん……」

ベッドを覆う蚊帳の中で、私は寝返りを打つ。

「トントン、トントン」

「……誰?」

今度ははっきりと声が耳に届いて、私はがばりとベッドの上に身を起こす。

出窓に、小さな人影が見えた。
蚊帳をめくって目を凝らせば、そこには七歳くらいの子供が座っていた。

裸足に紺色の絣の着物という時代錯誤な装いのその男の子は、どういうわけか狐のお面を被っている。

そして窓を手でたたくふりをして、「トントン、トントン」ともう一度言った。

まだ、夢の続きを見ているのだろうか。
不思議と怖いとは思わなかったけど、状況が理解できない。

暗闇に浮かぶ白いお面をぼんやりと見つめていると、狐の子がこてんと小首を傾げた。

「俺のこと、忘れちゃったの?」

なんだか、とても悲しげな声だ。

「あなた、誰……?」

「龍神様の使いだよ」

ぴょんっと、狐の子が出窓から飛び降りる。

「さあ、龍神様に会いに行こう」

次の瞬間、狐の子は出窓に手をついてくるりと窓を飛び越える。

「……えっ! ここ、二階なんだけど……!」

慌てて窓に駆け寄り下を見れば、地面からこちらを見上げている狐の子がいた。

狐の子は手招きをすると、面の下からかわいらしい声を出す。

「早くおいでよ」

やっぱり、ていうか絶対に、まだ夢を見ているんだろう。

夢であることを確信しつつ、階段を駆け下りる。そして虫の音ばかりが行き交う夜の田舎町を、狐の子の手招きに誘われるがまま、早足で歩いた。