「ただいま」

響とは家の前で別れた。
香ばしいビーフシチューの香りが、家全体に立ち込めている。

「ご飯、もうすぐだから。ちょっと待っててね」

「うん」

廊下からキッチンにいるお母さんと声だけで会話をして、私は階段を登った。

二階にある私の部屋は、この家を去った小五のときのままほぼ手つかずだ。
東京の新居には必要最低限の荷物で引っ越したため、子供の頃の思い出は全てここで眠っている。

学習机の前に設置されたコルクボードには、時間割なんかがピン止めされたままだった。

隅には、一枚の写真が大事そうに貼られている。
それは小五の夏、湖の前で皆で撮影した写真だった。

今と変わらない笑みを浮かべている日方と彼方、それから彼らに挟まれるようにして無理やり笑わされたような顔をしている響。病弱だった皐月は、三人から少し離れた木陰で微笑んでいる。

皐月以外は皆海パン姿だから、湖で泳いでいた時に撮ったものなのだろう。
撮ったのは、おそらく私だ。

机に頬杖をつきながらその写真に見入っていた私は、いつの間にか皐月ばかりを見ていた。

――皐月に『好きな子に会わせてあげる』って言われたんだ。

先ほどの響の言葉を思い出し、顔がまたみるみる熱くなっていく。

だって、私もそうだったから。

多分初めて会ったときから皐月が好きだったし、その気持ちは遠く離れても、いくつになっても変わらない。

思うに、私は皐月以外の男の子を好きになれないんだと思う。

だから、傷つけるのは辛いけど、響にはやっぱりはっきりとその気持ちを伝えようと心に決めた。