龍天神からの帰り、自転車のない私は、来た時と同様響に家まで送ってもらうことにした。石段の麓の祠では、今日もあのおばあさんが両手を合わせてしきりに祈っていた。

何かの許しを請うような声は、聴いているだけで気持ちがザワザワする。

「龍神様……、龍神様……」

祠の前を過ぎ去っても、おばあさんの声はずっと耳に残っていた。

響の自転車の荷台に座り、風を感じながら竹林の道を抜ける。
視界の先では、遠く山々が夕焼けに染まっていた。

「なあ、優芽」

湖が見えてきたところで、響がようやく声をかけてきた。

「俺とはじめて話したときのこと、覚えてる?」

「覚えてるよ」

年々逞しくなっている響の背中を見ながら、私は頷いた。

「皐月が、響を連れて来たんだよね」

ある夜、突然皐月に響を紹介された。響は皐月の唯一の友達で、昔から皐月は響のことが大好きだった。私は響のことは知っていたけど、それまで話したことはなかったから、すごく緊張したのを覚えている。

人目を避けてひっそりと生きていた私や皐月とは、響は何もかもが違った。真昼の太陽のようなおおらかな笑顔と生命力を感じて、あの頃は響に慣れるのに時間がかかった。

「うん、そう。皐月に『好きな子に会わせてあげる』って言われたんだ」

「皐月が……?」

唐突にそんなことを言われ、顔が熱くなる。バランスを崩しそうになって、慌てて自転車のサドルをぎゅっと握り込んだ。

「第一印象は、皐月の好きな子ってこんなかんじなんだって、それだけだった」

私の動揺に気づいているのかいないのか、響は淡々と言葉を続ける。

「だけど、気づいたら俺も優芽のこと好きになってた」

「え……?」

あまりにも普通の調子で、さらりと繰り出された告白に、ぽかんとしてしまった。

前を向いたまま自転車を漕いでいる響は、絶対に私の方を振り返ろうとはしない。

夕方とはいえ、じわじわと体を蝕む夏の暑さはそのままだ。自分の首筋に浮かんだ汗を器用に片手で拭いながら、響が背中越しに聞いてきた。

「なあ。皐月には、もう告白された?」

「え? ううん……」

子供の頃の皐月が私のこと好きだったなんてこと、今初めて知った。
告白もなにも、皐月が今でも私のこと好きでいてくれているのかは分からない。

それなのに響は、皐月が今でも私のことを想っているのが当然のように言ってくる。

「だったら、俺が先だな。あいつにはいつも先を越されてたけど、こればかりは譲れない。俺は、ずっと優芽のことが好きだった。できれば付き合いたいって思ってる。返事は、夏祭りのときでいいから」

「……うん」

響の告白が真っすぐ過ぎて、胸が痛い。
大事な友達である響を、今までそんな目で見たことはない。

だけど響を傷つけるのが怖くて、私はすぐに返事をするのを躊躇った。

今までにないほどぎくしゃくした雰囲気の私と響の横を、見慣れた湖の景色が流れていく。

私たちは夏が来るたびにひとつ大人になって、気持ちも、関係性も変わっていく。

だけど、この景色だけは変わらないでいてくれるのだろう。

そうであって欲しいと、心から思う。