「おい」

子供の頃の記憶を辿っていた私は、背後から聞こえた声に現実に引き戻される。

手水舎の前に佇む私と皐月の後ろには、いつの間にか響が立っていた。

「お前ら、いつまでそこにいるんだよ。使えないだろ」

彼にしては珍しく、イライラしているようだ。

「ごめん」と退きながらも、皐月はなんだか嬉しそうだった。

「響も、ちゃんと手水舎使ってくれるんだ。最近の若者は、スルーするからさ。ほら、彼方と日方なんて、とっくに先に進んでる」
 
まるで年寄りのような言い方をする皐月に、響が渋い顔を向けた。

「当たり前だろ。龍神様に会いに行くんだから」

慣れた様子で、手を清めていく響。きっと、しっかりもののお母さんに昔から参拝の仕方を厳しく躾けられてきたのだろう。そんな響を、皐月はやっぱり嬉しそうに眺めている。

「響のそういうところ、好きだよ」

天然なのか何なのか、苛立っている雰囲気の響にそんなことを言える皐月はすごいと思う。

「……なんだよ、それ」

響は面食らったような顔をした後で、毒気を抜かれたかのようにぷはっと笑った。