私は、数年前にお箏教室に通い始めたことをきっかけに、着物で生活するようになった。しかし、障害があって帯をうまく結ぶ事ができず、市販されている予め結び目を作ってある、いわゆるつけ帯といわれるものを用いていた。しかし、つけ帯の大半は浴衣を対象にして作ったものであり、小紋や訪問着といったものにはつけることができない。本来これらの着物には、用途的にもわたしの年齢的にも、袋帯を締めなければならないからである。
そこで、見るに見かねた母が、振袖の帯結びの本を参考にしながら、リサイクルショップなどで袋帯を購入し、私のためにつけ帯を作ってくれた。帯を切り、どうに巻く部分を作り、ミシンでひもを付けて、背中に背負う結び目の部分を作るのである。このとき背中につけて、どうに巻いた部分に差し込む金具をどうしているのか、よく聞かれるが、母は百円ショップで売っているワイヤーハンガーをペンチで切って変形させ、市販のつけ帯と同じ形にして、それを縫い付けるという技術でクリアした。保育士をしていた母は、牛乳パックなどで保育園に通っている子供たちのおもちゃを作っていたこともあり、身近なもので何かを作るということは、得意中の得意で、アイディアマンだったのである。私が、リサイクルショップや、インターネット購入した帯も嫌がらずにつけ帯にしてくれた。定番のお太鼓や文庫だけでなく、立矢などに豪華なものや、ちょっとマニアックな華さね太鼓などの、結び方も作ってくれた。おかげで私のワードローブには、振袖用から普段着用まで、実に様々な結び方のつけ帯が、お目見えするようになったのである。
しかしながら、母と衝突することもたびたびあった。時にはうるさいとか煩わしいと思って、声をかけるのすら嫌になったこともある。でも、そうなったとき、母の作ってくれた作り帯を見ると、やっぱり言い過ぎたなあと反省し、素直に謝ろうと思うのだ。そして、やはり、人生はつらいこともあるけれど、頑張ろうと、心から思えるのである。母が帯を縫っているときの顔は、とても美しく朗らかであり、きっと私が使用してくれるのを楽しみに待っていてくれているのだということが、本当に感じ取れるからである。
ある時、着物のことで方向性が合わず、衝突してしまったことがあった。私はどちらかといえば紬のような落ち着いたものを好むが、母は羽二重のような華やかでかわいらしい着物を好む傾向があり、二人の主張がぶつかり合ってしまったのである。私はその時母にこのような顔なので、華やかなものは無理だといったが、母は赤い着物を着てみろと主張した。私はいやいやながら、赤い着物を着て出かけたが、出先では大変好評で、かわいらしいとおっしゃっていただいたことを記憶している。そして、その着物を選んでくれたことを、母にとても感謝したい気持ちでいっぱいになった。
私は着物が大好きだ。着物を着ると心が落ち着いてほっとする。そして、これから起こることを楽しみに、出かけることができるようになる。これは、振袖でも訪問着でも、小紋でも紬でもみなおなじである。どんなに暑くても寒くても同じ気持ちになるのである。一体なぜなのだろうか?
答えは、母が作ってくれた帯にあるのだと思う。これまで、数多くの難しい形にトライしてくださった母であるが、愛情というものがなければ、ここまでトライすることもないだろう。かわいいものを勧めてくれるのも、自分の人形にしようという気持ちではなく、愛情からだということがよくわかるのである。なぜなら、かわいいは漢字で書けば可愛いとなる。つまり、愛する気持ちがなければかわいいという感情は浮かばない。つまり、作ってくれた付け帯は、母の愛情がたくさん詰まっているから、かわいく見えるのである。
実を言うと、冒頭でも書いたように、私は障碍者である。そう書くとこの文書も偽作だと思う方も少なくないだろう。しかし、私の背中には、母の愛情のつまったつけ帯がいつも乗っているのである。
そこで、見るに見かねた母が、振袖の帯結びの本を参考にしながら、リサイクルショップなどで袋帯を購入し、私のためにつけ帯を作ってくれた。帯を切り、どうに巻く部分を作り、ミシンでひもを付けて、背中に背負う結び目の部分を作るのである。このとき背中につけて、どうに巻いた部分に差し込む金具をどうしているのか、よく聞かれるが、母は百円ショップで売っているワイヤーハンガーをペンチで切って変形させ、市販のつけ帯と同じ形にして、それを縫い付けるという技術でクリアした。保育士をしていた母は、牛乳パックなどで保育園に通っている子供たちのおもちゃを作っていたこともあり、身近なもので何かを作るということは、得意中の得意で、アイディアマンだったのである。私が、リサイクルショップや、インターネット購入した帯も嫌がらずにつけ帯にしてくれた。定番のお太鼓や文庫だけでなく、立矢などに豪華なものや、ちょっとマニアックな華さね太鼓などの、結び方も作ってくれた。おかげで私のワードローブには、振袖用から普段着用まで、実に様々な結び方のつけ帯が、お目見えするようになったのである。
しかしながら、母と衝突することもたびたびあった。時にはうるさいとか煩わしいと思って、声をかけるのすら嫌になったこともある。でも、そうなったとき、母の作ってくれた作り帯を見ると、やっぱり言い過ぎたなあと反省し、素直に謝ろうと思うのだ。そして、やはり、人生はつらいこともあるけれど、頑張ろうと、心から思えるのである。母が帯を縫っているときの顔は、とても美しく朗らかであり、きっと私が使用してくれるのを楽しみに待っていてくれているのだということが、本当に感じ取れるからである。
ある時、着物のことで方向性が合わず、衝突してしまったことがあった。私はどちらかといえば紬のような落ち着いたものを好むが、母は羽二重のような華やかでかわいらしい着物を好む傾向があり、二人の主張がぶつかり合ってしまったのである。私はその時母にこのような顔なので、華やかなものは無理だといったが、母は赤い着物を着てみろと主張した。私はいやいやながら、赤い着物を着て出かけたが、出先では大変好評で、かわいらしいとおっしゃっていただいたことを記憶している。そして、その着物を選んでくれたことを、母にとても感謝したい気持ちでいっぱいになった。
私は着物が大好きだ。着物を着ると心が落ち着いてほっとする。そして、これから起こることを楽しみに、出かけることができるようになる。これは、振袖でも訪問着でも、小紋でも紬でもみなおなじである。どんなに暑くても寒くても同じ気持ちになるのである。一体なぜなのだろうか?
答えは、母が作ってくれた帯にあるのだと思う。これまで、数多くの難しい形にトライしてくださった母であるが、愛情というものがなければ、ここまでトライすることもないだろう。かわいいものを勧めてくれるのも、自分の人形にしようという気持ちではなく、愛情からだということがよくわかるのである。なぜなら、かわいいは漢字で書けば可愛いとなる。つまり、愛する気持ちがなければかわいいという感情は浮かばない。つまり、作ってくれた付け帯は、母の愛情がたくさん詰まっているから、かわいく見えるのである。
実を言うと、冒頭でも書いたように、私は障碍者である。そう書くとこの文書も偽作だと思う方も少なくないだろう。しかし、私の背中には、母の愛情のつまったつけ帯がいつも乗っているのである。