書く理由
たまに聞かれるのですが、これほど答えが出ない質問はありません。こどものころから、暇があればなにか書いていましたし、かといってなにかを目指すという訳でもないのに、なぜか頭に思い付き、出さないと苦しくなってくるだけです。
まあたしかに、いじめやら嫌がらせの連続でしたので、学校では居場所がなく、休み時間には一緒に遊ぶ友人も一人もいなかったために、ぼんやりしている合間に知らず知らず世界が浮かんできて、それを書き記していただけ、というのが理由でしょうか。
学校というところは、なにも楽しいところではありませんでした。
授業でも、習った通りにあてはまる環境ではないため、あんまり身がはいらなかったし、運動はまるでだめで、よくやる気がないなら出ていけとか、同級生に殴られるのは当たり前でしたし。唯一楽しかったのが歴史の授業かな。特に先人たちの堕落とか失敗を学ぶのがすごく楽しい時間でした。
でも、中学からは、試験の点数しかものを言わないため、楽しくても成績は最悪でしたけどね。
ほんとに、友人と楽しくとかは、全く縁のない人生でした。なんとなく、というかいつも楽しくないのは、そういうこともあるのかな。
高校も、点数がないせいで、ろくなところではなかったし。
受験の時は、一時難聴になったりしましたが、やっぱりダメでした。
日本では、点数がとれないと、よい人生はありません。
よい学校にいかないと、よい人生はありません。
これだけは確かです。
かなしいけど、諦めましょう。
少子化というけれど、それは大人が身勝手なことを言うだけに過ぎないのです。将来が不安ならはじめからいきる必要もないと思いますね。
子供に、将来をたくす、命を繋ぐなんて、はっきり言えばきれいごとであり、繋がれるがわの負担を考えれば、子供は作らないでください。
だから私は、恋愛も結婚もいたしません。
家をとかなんてもってのほかであり、無責任に私を生んだ罰をたっぷり受けて、苦しんで逝ってほしいと思いますね。
そして、わたしも、これ以上ながく生きたくない。
そういうことが多分書く理由なんだろうかなと思います。