拍手喝采にて

「ねえねえ、柊。駅前に新しいお店が出来たらしいんだけど、今日行かない?」


「それ昨日も聞きました。」



椎名と話してからというもの、毎日毎日熱烈なお誘いを受ける静音は今日もバッサリと切り捨てたのだが…………。



「昨日とは別のお店。開店直後から満員御礼だって。」



「ミーハーですね、椎名さん。」


「柊と行くのだからね。やっぱりそれ相応のとこじゃないと。」



いいなー私も行きたいなー、なんて橘は呑気に言うが、毎日言われ続ける静音にとってはたまったものではない。



「なんなのあれ。前より酷くなってない?」


「よく分かりませんけど、酷くなってることは確かですね。」



椎名の勢いに押され、ついでに巻き込まれたくないので、幡牛と遁苺は小声で話す。



「あ、のっ!好きになる努力をするって言いましたけど、鬱陶しいし、毎日毎日重たいんですよ!過剰な表現は、シノさんと要さんだけで十分なんです!いい加減、気付いてください!」


「怒った柊も可愛いなぁー」


「あれは重症だな。」



我慢の限界がきた静音は声を荒げるが、にやけた椎名にはどこ吹く風。


呆れる仁科も目に入らないようだ。

「え……先輩聞き間違いですよね。今静音が鬱陶しいって…過剰って……僕の聞き間違いですよね!絶対そうですよね!」


「鬱陶しいは言ってないぞ。まぁ過剰は…な。」



自覚が全く無く泣きそうな要と、多少の自覚があるのか苦笑いの篠宮。



「というか、僕は椎名とのこと、認めたわけではないんですよ。静音だって迷惑そうだし、先輩なんとかしましょう。」


「お前に子供が出来てたら大変だっただろうな。まぁ、静音のことは俺も同じ意見だ。何か策を講じよう。」



「それが、過剰で鬱陶しいのでは……」



何やら作戦を立てようとする要と篠宮に、仁科はそれが静音に言われる原因なのではないかと思う。



「犬は主人にはなつくものよ。」


「主人……つか犬って……」



妙に納得している轢夲の趣味に引きずり込まれませんように、と羮芻は引きながら祈る。



「おっ、なんか楽しそうだな。」


「係長。親離れ出来てる子供と、子離れ出来て無い親と押しまくる恋人との三つ巴です。」



ニコニコと入ってきた都澄へ、的確に事情を説明する来栖はもう仕事に取りかかって蚊帳の外………いや、自ら出たといってもいいぐらいに我関せずだ。

「あーもー、分かりました、分かりましたよ!行けばいいんですよね、行けば。」


「ほんと!」



仕方がない、という雰囲気で叫ぶ静音にも椎名はニコニコと嬉しそう。



続く誘い攻撃に静音が折れ、椎名の根気勝ちのようだ。



「投げやりだな。」


「楽しそうだからいいんじゃないか。」



来栖には全く理解出来ないのだが、都澄はそれが一番だとでも言いたそうだ。



人生経験の違いなのだろうか。



「さて、みんな楽しんでるところ悪いんだが、事件だ。」


「え。事件だったんですか。」



都澄は何事もないような様子に見えたのだが、どうやら事件らしく来栖はパソコンから顔をあげた。



「では係長、俺はこれで。資料ありがとうございました。」


「ああ。よろしく頼む。」



昨日解決した事件の裏取り資料を掲げ、受け取りに来た仁科は一課へと戻って行った。



「係長、それで事件の概要は?」


「この企業が恐喝を受けた。要、現場指揮を頼む。」


「分かりました。」



篠宮に聞かれ、都澄が見せた資料には大手企業の名前。


大きな事案になる前にと、みんな資料に目を通しながら気持ちを切り替える。

「制服と人事資料を揃えるわよ。」


「了解です。」



「企業なら防犯カメラあるわね。」


「取り寄せるっス。」



幡牛と遁苺は小道具を、轢夲と羮芻は怪しい人物のリストアップ用にと、それぞれ取りかかる。



「今度もヘマするなよ。」


「今度もって何ですか!いつもしてませんよー」



いつもだと言わんばかりの来栖に心外だと橘は抗議した。



「柊、設定どうしようか。」


「企業なら椎名さんに任せますよ。」



元会社員の椎名が適任だと、静音は意見を聞きながらプロフィールを組み立てる。


ただの同僚から良き相棒へと。


そして――――――――――。











善を偽らず、悪を偽っても、何にもなってはくれなかった。



それも良い事ばかりではなく、苦しい事だってあったが、己だけでもなかった。


避け続けたことに偶然が加わり、少しずつ己も周りも変わることが出来た。



しかし勇気と覚悟、そして誰かを想う気持ちは、今回のように優しいものばかりではない。


恐喝を受けるこの企業のように。



だから2係は、今日もまたどこかに潜入する。



偽りが、偽りを無くすと信じて。