ペテン師夜鷹

今から遡ること12年前の午前1時、終電も過ぎた暗い線路脇。


この時間帯にはとても似つかわしくない、少年1人と少女2人がいた。



「あんた、自分の立場分かってんの?」


「俺達からは逃げられねぇんだよ。」


13歳の静音は、逢沢莉央(アイザワ リオ)と逢沢深緒(アイザワ ミオ)の16歳の双子の兄妹によってフェンスに追い詰められていた。



「おい、お前達!何やってんだ!」


「その子から離れなさい!」



覆面パトカーにて警ら途中だった、生活安全課に属する篠宮と要はチラリと路地に向けた視界の端に見えた子供達に声をかける。



「あ?別に何もしてないけど?」


「そうそう。あたしら仲良いし。」



「そんな訳ないだろう。怯えているじゃないか。」


「もう大丈夫だからね。」



ニヤリと薄ら笑いを浮かべる莉央と深緒に、篠宮は毅然とした態度でそしてさりげなく間に入る。


その隙に要は静音の手を引き、2人から更に間合いを取って、震えを和らげるように安心させるように、体をさすってやった。



「お前達、年は?未成年だろ?こんな時間に、こんな場所に、何の用だ?この子に何をした?」

「何ってナニ?お巡りがでしゃばることじゃねぇよ。」


「そっ。あたし達は、この子に教えてただけ。女を武器にすればお金持ちになれるよってね。」



「…そういうことか。要、その子を車に。」


「了解です。」



安全の為、静音を覆面パトカーの後部座席に座らせた後、応援を呼んだ。



その間にも篠宮は、莉央と深緒に質問を繰り返す。


しかし、2人は篠宮を無視して薄ら笑いを浮かべたまま、逃げることもなく新しく出来たカフェや流行りの音楽について喋るだけだった。



「名前、何て言うのかな?」



10分後、応援が到着し莉央と深緒は別のパトカーで別々に聴取され、静音も女性警察官に質問されていた。



「篠宮さん、あの子何も話しませんね。どうしましょうか。一旦、署で保護しますか?」



「そうだな…。要、そっちはどうだ?」


「駄目です。」



莉央と深緒は1人になっても先程と態度は変わらず、静音も震えているだけだ。


せめて名前と連絡先が分からないと、親に迎えに来てもらうことも出来ない。



3人は身分を証明するような物は持ち合わせておらず、所持品は莉央の数千円と深緒の化粧品だけだった。

「ほら、お茶を入れたから飲んでいいよ。」


「温まるぞ。」



署に連れてきたはいいものの、視線は下を向き口を真一文字、静音は一言も話さない。



「要、こんな時間だし、もう帰っていいぞ。」



時計を見れば、警らから帰ってもう既に1時間ほど経過している。


交代の警察官も来て、2人ともこの後は非番だ。



「何言ってんですか!この子を放って帰れませんよ。」



「お前、まだまだ新婚だろうが。せっかくの非番なんだから、家族サービスしとけ。俺は暇、だからな。」


「…………。分かりました。そうさせていただきます。」



暇―――――



そう。

篠宮には帰る家はあっても、要みたく迎えてくれる家族はもういない。


3ヶ月前、篠宮の妻は轢き逃げに遭い亡くなってしまったからだ。



後日犯人は逮捕されたが、篠宮の心に空いた穴は一向に塞がってはくれず、非番であっても職場に顔を出す日々が続いてる。



一方の要は1年前に結婚していて、仕事熱心だが愛妻家で、今も熱々の夫婦なのは仲間内では有名な話だ。


好意であり複雑でもある、そんな篠宮の心内を察して、要は先に上がることを決めた。

「篠宮さん、その子、児童支援施設に引き継ぎですよね。この様子じゃ長引きそうですね。」


「ああ。引き継ぐ前に何とかしたいんだけどな。さて、どうしたもんか。」



交代した警察官も気になるようだ。


仮眠室の脇にある長椅子に座る静音の前に、篠宮はしゃがみこむ。



「名前は何て言うんだ?」


「………。」



「今何歳だ?」


「………。」



「あの2人となんで一緒にいたんだ?」


「………。」



「お父さんとお母さん、心配してると思うんだが。家の電話番号教えてくれないか?」


「………。」



「おじさんが怖いか?」


「………怖くない。」



「!そうか。それは良かった。初めて会う人にはいつも言われるんだ。おじさんの奥さんだった人にも最初言われてな。赤ん坊にも泣かれることが多くて、君のことも怖がらせてるのかと思ってたんだが。そうじゃなくて良かった。」



12年後には柔和になっているが、この頃の篠宮は『優しい交番のお巡りさん』というには少し無理のある顔立ち。



だが、怖くないと言われたことが嬉しかった。


保護してから初めて話してくれたことも、更に嬉しかった。

「おじさんの名前は篠宮っていうんだ。」


「しの、みや…?」


「そうだ。おじさんはな、こう見えてもお巡りさんなんだ。」



覆面パトカーの警らに加え、厳密に言えば勤務時間外なので制服を着ていない。



「おじさんがな、お巡りさんになったのは子供の頃に迷子になって、その時にお巡りさん助けてもらったからなんだ。」



当時流行っていた刑事ドラマの影響で、夢多き少年達の遊びの定番は刑事ごっこだったが、現実味の無いそれに篠宮は乗り気になれず眺めているだけだった。



しかし、夢は夢。


叶えることもなく、違う道を歩んでいる同級生は少なくない。



実際に叶えて、今も努力出来ることは篠宮にとって誇りの1つだ。



「おじさんの仕事は、怪しい人がいないか、困った人はいないか見回りすることなんだ。例えば、落とし物をした人が来たり、落とし物を拾った人が来たり。おじさんみたいに迷子になった人を助けたり、道案内をしたり。喧嘩してるしてる人がいたら止めたり、君達のような子供を保護したりな。」



静音の見た目が小学高学年~中学生ぐらいだが、篠宮には年齢が分からないのでとりあえず分かりやすく話すようにした。

「おじさんの奥さんな、悪い人の車に轢かれて死んでしまったんだ。もちろん、その悪い人はお巡りさんが捕まえた。でもな、おじさん、お家に帰っても一人ぼっちだから、こうやって君が話し相手になってくれて嬉しいよ。」



話し相手といっても、現実には篠宮が一方的に話しているだけなのだが。


それでも、仲間内に話すのを躊躇ってしまっていた妻がいなくなって寂しいことをこんな穏やかに言えるなど思ってもみなかった。



「ひとり、ぼっち…?篠宮さんもひとりなの?ここにたくさんいるのに。」


「…ああ。確かにここにはたくさんいるけどな、お家じゃ一人なんだ。君みたいな子供は、おじさん達にはいなかったから。」



一人ぼっち。


篠宮が言ったその言葉に静音は反応して、彷徨っていた視線が重なる。



「おじさん『も』って言ったけど、君のお家にも誰もいないのか?」



篠宮の言葉に、静音は小さくコクリと頷く。



「お父さんは事故で、お母さんはこの間病気で。だから家には誰もいない。」


「お母さんの入院していた病院の名前分かるか?」



会話の流れをさりげなく利用して、名前より先に病院名を聞き出した。

母親の入院していた病院に電話して探し出してもらっている間に、篠宮は買ってきてもらったおにぎりを静音と食べる。



時刻は午前7時。


お腹が空いていたのだろう、お茶とは違いおにぎり2個を静音はペロリと平らげた。



「篠宮さん。」


「分かったか?」



病院に問い合わせていた事務員が篠宮を呼ぶ。



「母親の名前は柊船絵、あの子は静音、詠継祇ヶ丘中学校の1年生です。」



静音の母親は柊船絵(ヒイラギ フナエ)。


静音が小学2年の時に見付かった癌で入院中だったが、2週間ほど前に40歳の若さで亡くなった。



父親は柊任牡(ヒイラギ タカオ)、22年前の32歳時に車で自損事故を起こし即死だった。



「親戚もおらず、どうやって入院費を捻出していたのか病院側は不思議だったそうですが、不自然な点はなく特に追及しなかったようです。船絵も入院費に関しては貯金で賄われていると思っていたようで。」



「母親は知らなかったのか。まあ、自分の子供が、なんて考えもしないだろうしな。」



年端のいかない自分の子供が、脅され身体を使って入院費を稼いでいたなんて。


母親でなくとも思わないだろう。

「身寄りが無いんじゃ、施設に預けるしかないな。」


「ええ。それに施設の関係上、詠継祇ヶ丘中学校だと転校するしかありませんね。」



施設は中学校の校区外にある。


学校には説明する必要があるが、生徒には母親が亡くなった為に嘘でも親戚に引き取られたと説明するのが騒ぎにならず静音の為にも得策だろう。



「君の名前、静音っていうんだな。やっと名前で呼べるよ。」



ニッコリ言う篠宮に、静音は不思議な顔をする。


何故名前が分かったのかと言いたげだ。



「お母さんの病院の名前で分かったんだよ。おじさんがお巡りさんだってこと忘れてたか?」


「あ。」



墓穴を掘ったことにやっと気付いたようだ。



「静音ちゃんの歳の子をね、お父さんとお母さんがいないお家に帰しちゃいけないんだ。これからは同じような子達がいる施設で暮らすんだよ。」



保護者が居ないのも理由だが、一番は静音の心の安定である。



いつ頃から深緒と莉央の2人と一緒にいるのか分からないが、母親が長期に渡り入院という環境に一人置かれていた静音。


普通の生活というものを送っていないであろうことなど、容易に想像がつくからだ。

「中学校も転校しなきゃいけなくなるが、大丈夫か?」


「学校………、学校はいい。篠宮さんは一緒じゃないの?」



聞いたところで大丈夫じゃないと答えられてもどうしようもなかったが、まさか自分のことを聞かれるとも篠宮は思わなかった。



「おじさんはお巡りさんだから、施設にはいけないな…。休みの日は会いに行くから、それじゃダメか?」



絞り出したのはなんとも自分らしくない答え。



妻がいる頃から子供は泣かれるから苦手だった。


組んだ相方に任せて、己は専ら事務処理か悪人側を担当していた。



「来てくれる?」


「ああ。約束だ。」



何が静音の心を開かせたか篠宮には分からなかったが、指切りをした静音が笑っていたから良しとした。



「絣乂と申します。」



午前9時を少し過ぎた頃、児童自立支援施設の児童指導員である絣乂(カスガイ)が署にやって来た。



にこやかに微笑みながら挨拶をする絣乂は、到底40歳には見えない若々しさを醸し出している。


見た目だけなら30代前半といってもいいぐらいだ。


そしてポロシャツに綿パンといった軽装で、一見すると児童指導員には全く見えない。

しかし、かっちりとしたスーツだと子供は警戒心を抱くので、それを和らげる為だという。



「名前は柊静音、年齢は中学1年生の13歳。父親は事故死、母親は病死しており後見人はおりません。本日午前1時頃保護、売春を強要されていた疑いがあります。」



本来眠たいはずなのだが寝ていいと言っても寝ようとしない静音を仕方なく横に座らせて、絣乂が来るまでの時間で作っていた報告書を篠宮はかいつまんで話す。



「強要していた人はいまどこに?」


「男女の2人組で見たところ静音ちゃんよりは上みたいですが、未成年は間違いないですね。本部の少年課が担当していますが、今のところ名前や年齢、その他詳細は不明です。」



「そうですか。その2人のことはそちらにお任せした方がいいですね。静音ちゃんのことは私どもにお任せ下さい。責任を持ってお預かりします。」


「よろしくお願いします。」



強要されていたのと、強要していたのでは、同じ未成年でも対処や処罰に違いが出てくる。


その辺は警察が判断することであるから、絣乂は目の前にいる静音に視線を合わせた。



「静音ちゃん、私は絣乂といいます。これからよろしくね。」

静音が施設へ入所してから2週間。


非番になった篠宮は約束通り、施設を訪れていた。



「その後はどうですか?」


「大丈夫ですよ。他の子供達や転校先の中学校にも馴染めているようです。」



「そうですか、良かった。」


「物静かで礼儀正しい子ですね。母親の教育が良かったんでしょう。普段の生活には何ら問題はありません。」



絣乂が見る限り、静音の日常生活態度に関しては全く問題がなかった。



「ただ、興味津々の子も中にはいまして。職員や日常会話はするのですが、そういう子達に対しては基本的に黙りでして。我々職員が聞いても同じでしたがね…」



自分のことと売春のことに関してだけは、話さないらしい。



「でも、警察の方がこうして来られるのは珍しいですね。問題の多い子を気にする方はいらっしゃいますが。」


「静音ちゃんと約束しましたから、会いに来ただけですよ。私自身、暇ですしね。」



「気にしてくださる方がいるのは静音ちゃんにとって良いことですよ。もうすぐ帰ってくると思います。篠宮さんがついているなら、外へ行かれても大丈夫ですよ。」


「ありがとうございます。」

「美味いか?」


「うん。」



絣乂に許可ももらったので、学校から帰ってきた静音と近くの公園へ来ていた。


クレープを頬張るその横顔は年齢相応だ。



公園は小学校入学前の幼子と親ばかり。

今時の子は家でゲームばかりで外で遊ばなくなったと、ふと見たテレビの情報番組で言っていた気がする。



便利になった反面どうなのだろうと、未来の行く末を悲観することに、それは己が歳を取ったからなのかと篠宮は自問自答して失笑した。



「どうかしたの、篠宮さん?」


「何でだ?」


「笑ったから。」


「いや、何でもない。」



笑みが漏れていたらしい。


不思議な顔をする静音に、特に言うことでもないと誤魔化した。



「そろそろ帰るか。」



公園に来てから2時間、クレープを食べ終わってから会話をすることもなく黄昏、もうすぐ夕食の時間だ。



「静音ちゃん、帰ろうか。夕飯の時間だから。」



篠宮が立ち上がっても、帰る素振りを見せない静音。



「静音ちゃん?」



「…篠宮さん。」


「ん?」




「篠宮さんは信頼出来る人?」



尋ね見つめる静音の目は、真剣そのものだ。

「どういう意味だ?」


「…あの2人、何か言った?」



あの2人、つまり莉央と深緒のことだろう。



「いや。まだ、名前すらも言っていない。」



「今どこにいるの?」


「少年院というところにいる。見張っている人がいて、静音ちゃんのとこには来ないから安心していいぞ。」



本人達が言わないので、捜索願いが出されていないかも日々見ているのだが今のところ該当する人物はいない。



静音からも聞いていないので売春は確定はしていないが、脅しの場面を現認しているので極めて悪質な素行不良として送致した。



「そっか……」



何か考えているのか、気になるのか。

ただ、静音から2人のことを聞いてきたのは初めてだ。



「…静音ちゃん、今日、おじさんの家で夕飯食べるか?」


「いいの?」



「ああ。絣乂さんには、おじさんから連絡すれば大丈夫だ。」



静音の言った言葉と何か言いたげな態度が、篠宮の警察官としての勘に引っ掛かった。



静音から話したそうな雰囲気を感じたこと、事件について話がしたいことを絣乂に願い出ると、警察官の家であるし明日の朝に戻るならと、快く泊まりも許可をくれた。

「座ってていいぞ。まあ、なんだ。おじさん、料理苦手…というかあまりしたことがなくてな。大体出来合いのもので済ませているから、期待しないでくれ。」



2LDKの部屋は、基本的に整理整頓されているものの服だけは散らかっている。


妻が亡くなってから、洗濯だけはしないと着る服が無くなるからしているが、その他は妻が亡くなる前のまま。



「この人、篠宮さんの奥さん?」


「ああ。」



和室の部屋の小さい仏壇に置かれた写真。

写っていた人物は、篠宮とは正反対に柔らかく微笑んでいる。



「優しそうな人だね。」


「そうだな…。優しかったな。」



優し過ぎて、文句の一つも言われないのをいいことに、仕事を優先してしまっていた。


それを篠宮は今になって後悔しているから、愛妻家の要には家族も大切にして欲しいと特に思う。



「ありがとな、手を合わせてくれて。あいつも喜んでる。」


「そうかな?それならいいな。」



絣乂の言った通り、静音はかなり礼儀正しい性格だ。



表情など年相応の部分もあるのだが、言葉遣いや振る舞いは落ち着いている。


靴の脱ぎ方や手を合わせる仕草がとても綺麗だ。

「よし、出来た。食うか。」



テーブルの上には、買い置きしていたレトルトのご飯に野菜炒めとゆで玉子が並んでいる。



「いただきます。」



「味、大丈夫か?」


「うん。美味しい。」


「そうかそうか、良かった。」



食事中もあまり話さない静音は黙々と食べ続けるが、その顔は綻んでいて篠宮は一安心する。



「ごちそうさまでした。お皿、どうやって洗えばいい?」


「置いといて構わないよ。」


「…でも…、洗う……」



「…じゃ、一緒に洗うか?」


「うん。」



皿洗いぐらい何てことないのだが、静音が拗ねたような寂しそうな顔で言うものだから、篠宮は一緒に洗うことにした。



「静音ちゃん、お茶入れたから飲もう。」



皿を洗い終わって一息つこうと篠宮はお茶を入れたのだが、静音はベランダから外を見たまま。



「静音ちゃん?」


「篠宮さん、私…私は……」



「…ゆっくりでいい。座ってお茶、飲もう?な?」



莉央と深緒のことだろう。


思い詰めた様に無理矢理話そうとする静音の肩を抱き、落ち着かせようと椅子に座らせた。

「私、あの2人に、お金稼げるって言われて。お母さんの入院のお金、たくさんいるって言ってたから。」



「お金、何とかしようと思ったんだな。でもな、静音ちゃんがしたお金の稼ぎ方がダメだってこと、分かってるよな?」



「うん、1人だけ言われたことがあるから。でもお母さん死んじゃって、もうお金いらなくて。だけど、逃げられないって言われて。そしたら、篠宮さんが来た。」



やはり、母親の入院費の為だった。


違法だということを静音も理解していたようだが、脅されていた場面に篠宮は出くわしたらしい。



「タイミングが良いのか悪いのか。もっと早く見つけられたら良かったんだが。2人の名前、分かるか?」


「うん。男の方は逢沢莉央で、女の方は逢沢深緒。施設で暮らしてるって言ってた。」



「いつ頃会ったんだ?」


「2年ぐらい前だと思う。」



2年前というと静音は11歳。


店主とした母親の話を聞かれていたらしく、買い物をしていた商店街で声をかけられたという。



「私か深緒さんが男の人に声をかけて、ホテルに行って、男の人に先にシャワーを浴びてって言って、その間に財布を持って逃げて来いって。」

莉央はその間、見張り役と用心棒役、逃げ道の確保らしい。



「じゃあ、財布を盗った後は?」


「逃げる。男の人を誘う時は、お化粧と髪の毛をセットしてもらってたから、もう一回会っても分からないから大丈夫だって言ってた。」



「財布を盗っただけで、男の人には何もしてないし何もされてないんだな?」


「うん。ご飯食べたりしたけど、それ以外は何もない。」



「そうか。」



話を聞く限り売春というよりは窃盗。



身体で稼いでいた訳ではないようだが、邪な男の下心を利用した悪質な手口で、部類としては美人局の一歩手前だ。



ホテルに連れ込まれて財布を盗まれたなんて分かっても、相手が未成年ならば罪に問われるのは男の方である。


被害届が出ないとふんで、莉央と深緒は計画を立てていたようだ。



「よく話してくれたな。」


「…あの2人はどうなるの?」


「あー、まあ、大丈夫だ。規則正しい生活をするだけだから。」



不安そうな静音を安心させるように頭を撫でる。



「後はおじさん達に任せなさい。」


「うん。」



大方の話は聞けたのでここで切り上げて、冷めたお茶を入れ直した。

「悪いな、こんな時間に。」


「いいですよ。先輩は無駄なことで連絡なんてしないことぐらい分かってますから。」



静音を寝かしつけて少し経った頃、勤務中である要に電話をかけた。


もちろん、静音のことを言う為に。



「そうでしたか。売春までいかなくてとりあえず良かったです。」


「ああ。だがその2人、静音を誘う前からやってたような気がしてな。施設名から調べてくれないか?いまだに捜索願が出されていないのも気にかかる。もしかしたら、かなりの不良かもしれん。」



「分かりました。」



お金が必要な静音。

きっといいように利用されていたのだ。


未成年の2人とはいえ、罪だということを自覚させなければならない。



「ところで先輩。静音ちゃんのところに行くなら僕も連れていってくださいよ。」



「仕方がないだろう、約束したのは俺なんだ。まあ、今度の非番にでも来ればいいだろう。絣乂さんと静音ちゃんに話しておくから。」


「お願いしますよ。」



要も気になっていたらしい。


篠宮も分かっていたから、静音から聞いたことをこうやって一番に知らせたのだが、問題はそこではなかったようだ。

「あの2人、かなり悪評でした。」



篠宮から連絡をもらった後、要は施設名と2人の名前から莉央と深緒を調べた。



「逮捕まではいきませんが、喧嘩に万引き、カツアゲと補導は数えきれません。夜中に出歩いたり連絡を入れなかったりするのは日常茶飯事だったそうです。」



「だから捜索願が出てなかったのか。」


「はい。いつものことだと思ったようで。とうとう、って電話口で呆れてました。」



両親が離婚し、親権を押し付けあった結果施設に入れられたので、当初から手のつけられない2人だった。


今回のこともあまり驚かれることなく、話を聞くことが出来た。



「向こうに報告は?」


「しました。ただ、静音ちゃんが話したとは言ってないのに分かったらしく、悪態ついていたと担当の翁さんが仰っていました。」



少年院の法務教官の翁(オキナ)はこの道27年、51歳のベテランであるが、莉央と深緒の2人には手を焼いているらしい。



「更生する気がないんじゃ、出てくるのには時間がかかるな。」


「ええ。翁さんも頭抱えてました。」



自分の行いを反省している静音とは大違いだと、篠宮は溜め息をついたのだった。

「静音ちゃん、将来の夢とかないのか?」



篠宮と出会って2年が経ち、静音は中学3年生の夏を迎える。


宿題ついでに、篠宮の家で素麺を食べていた。



「夢?特にないけど。」


「やりたいこととかないのか?成績良いんだし、結構高校選べるだろ?」



「高校…うーん…」


「就職ならそれでもいいが、ご時世難しいだろ?」



やりたいことと言われても、静音は特に思い浮かば無かった。


高校にしても就職にしても、適当に決めれるものではない。



「…警察官にはどうやったらなれるの?」


「なんだ、警官に興味があるのか?」



「興味というか、篠宮さんや要さんと一緒にいたら楽しいから。そうできたらいいなって。」



警察官がどのような仕事をしているなんて詳しくは知らないが、篠宮や要と働くことが出来るならば楽しいに違いないと2年間過ごしてきて静音はそう思う。



「…そうかそうか!それは嬉しいことをいう。」


「(篠宮さん、顔がにやけてる…)」



警察官という職業よりも自分とのことを思っていてくれたことが感慨深く、静音が言葉を発せないほど嬉しさのあまり篠宮は顔がにやけてしまった。

「養育里親というのをご存知ですか?」



静音から警察官に興味があるかもしれないと聞いてから数日。


篠宮は絣乂に呼ばれていた。



「養育里親、ですか?いえ…」


「養育里親というのは、簡単に言いますと施設にいる子供達を一時的に一般家庭で育てることの出来る制度なんです。」



養育里親とは、様々な事情で施設に来た子供が一般家庭の普通の生活や施設の職員とは違った愛情を感じられる、そんな制度だ。



「はあ…、何故それを私に?」


そんな制度があることは知らなかったが、それを自分に聞かれる理由が篠宮には全く検討がつかない。



「実は静音ちゃんに聞かれまして。篠宮さんに警察官として一緒に仕事をしたら楽しそうだと言ったら嬉しそうだったから、何か方法はないかと。」


「静音ちゃんがそんなことを…」



言ってくれたことは嬉しかったが、食事中の他愛ない会話。

絣乂に尋ねるほど、静音が自分とのことを考えていたことに驚いた。



「篠宮さんや要さんにかなり心を開いていますし、警察官になりたい理由もお二人です。要さんは奥様のこともありますが、篠宮さんならそういう点では問題ないかと思いまして。」

「篠宮さんは警察官ですし審査は問題ないと思います。資格は必要なく研修を受けるだけですし、養子縁組と違って戸籍も変わりません。」



一時的に暮らす場所が変わるだけ、それが養育里親の利点だ。



「確かに私は静音ちゃんと暮らせたらいいとは思いますが、このこと静音ちゃんは…」


「まだ言っていません。調べてみると言っただけなので。ですから、ただの提案です。」


「提案?」


「はい。養育里親は18歳までの制度なんです。もうすぐ中学を卒業しますから、いい機会かと。ですが、私が決めることではありませんし、静音ちゃんに話す前に篠宮さんにと思いまして。」



人を一人育てるということは、赤ん坊の様に手のかからない中学生だとしても大変なことだ。


静音に話して期待させてしまうより、絣乂はまず篠宮の気持ちを聞きたかった。



「静音ちゃん、施設にいるより篠宮さんといる方が楽しそうで。帰ってきても、学校の話より篠宮さんの話ばかりなんですよ。」



絣乂が鮮明に思い出せる、篠宮の話をしている時の静音。


その顔はどんな時よりもキラキラしていた。



「一度、考えてみてくれませんか?お願いします。」

「先輩?どうかしました?」



「あ…すまん。なんだ?」


「特にないですけど、ここのところぼんやりしてるように見えたので。心ここにあらずって感じで。」



絣乂から養育里親のことを提案されてから1週間。


篠宮の頭はそのことで埋め尽くされていた。



「僕に出来ることなら何でも言って下さい!先輩と僕の仲なんですから。」


「要…」



後輩にここまで慕われ頼りにして欲しいと言ってもらえるのは、なんだか気恥ずかしかった。


ただ、溜め息の数が増えている気がしているし、要も気にかけている静音のこと、言ってもいいのかもしれない。


篠宮は絣乂からの提案を話すことにした。



「養育里親ですか…。成る程、そんな制度があるとは知りませんでした。」


「ああ、俺も知らなかった。絣乂さんから言われて驚いたよ。」


「ですね。二つ返事で受けれるようなことではありませんから。それで先輩、迷ってたんですね。」


「そういうことだ。静音ちゃんといるのは楽しい。だが、それと一時的とはいえ育てるなんて。子供を補導することはあっても、育てたことはないからな。赤ん坊じゃないとはいえ、色々問題はあるだろう。」

知識も経験もない。


そんな自分が突然、親代わりになんてなれるわけがない。



「…でも、研修あるんですよね?夜勤の時は施設に居れるわけですし、静音ちゃんは一人にはなりません。確かに僕は妻のことがありますから、僕の一存では出来ません。でも先輩なら、先輩だからこそ絣乂さんも提案してくださったんじゃないですか?」



静音に会っているのは要だけ。

事情は知っているが、静音の心理状態も考えて要の妻とは会ってはいない。



今のところ静音が信頼しているのは、篠宮と要、そして絣乂だけだからだ。



「大人だけであれこれ考えていても答えなんて出ませんよ。絣乂さんも言うのを待ってくれているんですよね?一度、静音ちゃんと直接話してみたらどうですか?当人がいないところでこれ以上悩むのは時間の無駄ですよ。」



「要……、そうだな。そうしてみる。俺より静音ちゃんの気持ちだよな。」


「はい。」



話したことと要から言われたことで、篠宮の顔は晴れやかだ。



「悪かったな、もう大丈夫だ。」


「いいえ。相談ぐらい、いつでも乗りますから。」



今度の非番にでも話してみようと、篠宮は絣乂に連絡を入れた。

「ごちそうさまでした。」



非番の日、篠宮は静音を自宅に招いていた。


明日は学校は休みであるし、施設では落ち着けないだろうと、絣乂が配慮してくれたのだ。



「…篠宮さん、どうかしたの?私、なんか悪いことした?」


「え?なんでだ?」



「篠宮さん、あまり私の目見ないから。会った時からずっと。だから、私、篠宮さんが怒るようなことしたのかと思って。違う?」



普段と違う篠宮の態度を、気に障ることをしてしまって怒っていると勘違いしているらしい。



「ち、違う違う!あーすまん、無意識だ。怒ってるわけじゃない。」



「ほんと?」


「ああ。悪かった、そんなつもりじゃなかったんだ。」



不安そうな静音に、篠宮は安心させるように言う。



話そうとしていることがことだけに、篠宮は会う前から珍しく緊張していた。



どう切り出したらいいか、静音の反応はどうなのか、本当に自分でいいのか。



静音と会話しつつも、今の今まで考えが纏まらないでいた。



「静音ちゃんに話したいことがあったんだ。だが、どこから、どう話していいか、纏まらなくてな。ほんと悪かった、不安にさせてしまって。」

「話…?」


「ああ。実はな………」



絣乂から言われた提案、要からの助言、そして自分の想い。



言い方が正しかったのか分からないが、篠宮は包み隠さず静音に話した。



「養育里親…」


「基本的には住む場所が施設から俺の家になるだけだが、色々支援を受けれるみたいだから。ただ、無理矢理するつもりはない。静音ちゃんが良ければ、だ。」



「……………。」



篠宮の言ったことを自分の中で整理しているのだろう。

静音は俯いて黙ったままだ。



「何も今決めなくてもいいんだ。このことより、進学か就職かの方が急ぐ問題だからな。この話は今日は終わりにしよう。」



今日言って、今日答えを出してもらおうとは篠宮も思っていないので、大丈夫だと頭を撫でながら言った。



「…篠宮さんは……、篠宮さんは大丈夫なの?」


「大丈夫って、どういう意味だ?俺の気持ちはさっき言った通り」



「違う。私は、……私は、犯罪者、だから。」


「!」



犯罪者、静音の口から出たのは思ってもみない言葉だった。



「篠宮さんは凄く良い人で警察官だから。だから、私と一緒に住んだら警察官はダメなんじゃ…」

「静音ちゃんっ…!それは違う、違うんだよ。静音ちゃんは犯罪者じゃない。確かに間違ったことはした。だけど、静音ちゃんはちゃんと反省しているし、休まず学校に通って勉強もしているだろ?」



犯罪者、などと静音が考えていたことに全く気付かなかった篠宮は慌てて否定した。



「でも、でも…、謝ってない。罪を犯した人は刑務所なんでしょ?けど、私は未成年だから施設なんでしょ?教科書に載ってたし図書館でも調べたの。」



言わなかっただけだったらしい。


篠宮や要には言わず、静音は自分の罪について調べていたようだ。



静音ももう中学3年生。それくらいの行動力と理解力はある。



「…確かにそうだ。でも、静音ちゃんの年齢だと、罰を受けるより正しい生活を送る方が大切なんだ。」



嘘はない。


莉央と深緒のいる少年院も似たような施設だ。

ただ、静音のいる施設のようにアットホームな雰囲気ではないが。



「静音ちゃんは、俺や要と一緒に働きたいと思ってくれたんだよな?」


「…うん。」



「それは俺達にとって凄く嬉しいことだし、そうなればいいと思ってる。」



篠宮から話を聞いた要も大喜びだった。

「自分が犯罪者で償いたいから警察官になりたいと、静音ちゃんは思ったわけじゃないだろ?」


「うん。」



「俺が言うのもなんだが、静音ちゃん達の誘いに乗る大人の方が悪いんだ。悪いことは悪いと、止めてくれる大人が沢山いればいいんだがな。」



世の中には誘いに乗ってしまう大人がいるのが事実だ。



「静音ちゃん、償うのも大切だ。だけどな、静音ちゃんが、楽しいと、嬉しいと、幸せだと、そう思うことの方が大切だ。少なくとも、俺達や絣乂さん達にとってな。それは分かってくれるか?」



「っ…うん……」



「良かった。それとこの先もし警察官になったら、ならなくても色々言ってくる人がいるかもしれない。だが俺達がいる。だから気にするな。静音ちゃんは、俺達の大切な家族だ。な?」



「…う、ん……」



「気付かなくてごめんな。もう悩まなくていいからな。」



出会ってから初めて見た、泣いている姿は少し幼くて。


見つめる眼差しは、警察官ではなくまるで父親のようで。



小さな体を抱き締め、赤ん坊をあやすように背中をトントンと優しく叩きながら、静音が泣き疲れて眠ってしまうまで篠宮はそうしていた。

「篠宮さん…」


「おはよう。」



次の日、昨日の内に話せるか自信が無かったので休みを取っていた篠宮はソファーで朝刊を読みながらコーヒーを飲んでいた。



「休みなんだから、もう少し寝ててもいいんだぞ?」


「ううん、篠宮さんに言いたいことあるから。昨日のこと。今いい?」



「ああ…」



昨日のこと、…もしかしなくとも養育里親のことだろう。


起きてすぐ話題にされると思っていなかったので篠宮は驚いた。



「篠宮さん。」


「…はい。」



隣に座った静音が改まるように姿勢を正すので、篠宮も正した。



「法律のことは分からないし、育てることの大変さも分からないけど、私の気持ちを言います。」



篠宮の目を真っ直ぐに見る。



「篠宮さんが家族だって言ってくれたこと、嬉しかった。お父さんは覚えてないけど、お母さんは私の幸せを考えてくれてた。篠宮さんも同じように考えてくれてたことも嬉しかった。私も篠宮さんと一緒に暮らしたい。篠宮さんみたいな警察官になりたい。一緒に働きたい。篠宮さんが私を助けてくれたように、私も助けられる人になりたい。私でも……、今からでも間に合うかな?」