12年ぶりの再会

警視庁刑事部

捜査一課 第一特殊犯捜査

特殊犯捜査第2係



ここは、脅迫や恐喝といった案件を取り扱う部署だ。


犯人捜査や警護を兼ねた潜入捜査も行っている。




この2係に属する、柊静音(ヒイラギ シオン)巡査部長25歳は、常々あることに困っていた。


「今日も誘われたって?めげないねぇ、あの男も。」
「止めといた方が良いですよ。総務課にいた頃は全員、柊さんが来る前には私だって、口説かれたんですから。」



2係の事務員である、48歳の幡牛(ハタウシ)と23歳の遁苺(トンボウ)コンビが注意を促す。



「心外ですね。確かに、昔遊んでいたのは反省するところですが、今は柊一筋です。」



会話に割って入ってきたのは、話題の中心、椎名(シイナ)巡査部長37歳だ。



元総務課に属しており、警察の前は会社員という変わり種。


爽やかな雰囲気とは裏腹に、警視庁きってのプレーボーイと名高い。



1年前に移動してきた柊がタイプだったようで一目惚れしたらしい。


それ以降猛アタック中だが、今現在のところその努力は実ってはいない。



むしろ噂が回り、今では煙たがられている。

「ね、柊!」


「…気持ち悪いウインクは止めてくださいよ。他を当たってください。あ、シノさんおはようございまーす!」


「おはよう。なんだ、またフラれたか。そうかそうか、それは何よりだ。」



椎名の背を叩きながら、慰めになっていない慰めをするのはシノさんこと、篠宮(シノミヤ)巡査部長59歳。


柊とは旧知の仲で、父親代わりの様な存在だ。



「要、朗報だ。今日も椎名はフラれたぞ。」


「先輩。そうですか!それは嬉しい限りです。」



部屋に入るなり篠宮が声をかけたのは、2係の主任である要(カナメ)警部補48歳。


篠宮とは所轄時代の先輩後輩であり柊の父親代わりも自称していて、それもかなりの溺愛ぶりなので、フラれることが嬉しいようだ。



「みんなで馬鹿にしなくったって………」


「日頃の行いよ。ザマァみなさい。」



「口が悪いッスよ。だから、彼氏が出来ない」


「なんですって?!」


「い、いえ…」



自他共に認めるドSの轢夲(キシモト)32歳と、一言多くていつも被害を被る不運な男羮芻(コマグサ)29歳。


2人は元科学捜査研究所の研究員で、2係の通信機器担当である。

「みんな集まってくれ。」



和気藹々とした雰囲気を一変させたのは、係長である都澄(ツズミ)警部56歳。


続くその後ろには、静音の後輩である橘(タチバナ)巡査部長26歳とその教育係の来栖(クルス)巡査部長35歳がいた。



「おはよ。朝から呼び出し?」


「そ。資料運び。」



2係配属と巡査部長歴は静音の方が1年長いが、同じ学年の為2人はタメ口で話す。


が。



「橘、同い年でも先輩なんだから敬語を使え。柊もいい加減それらしくしろ。」


「「はーい。」」



タメ口を来栖は良く思っておらず、度々注意する。


しかし、静音と橘は返事だけであることは明白で、来栖の眉間には皺が寄っている。



「事件ですか?」


「ああ。今朝、脅迫状が届いた。これだ。」



要に聞かれ都澄が示したそれは、ビニールに入れられた脅迫状。



【愛している
      迎えにいくよ】



「なんスか、これ?ストーカー?」


「なんかシンプル過ぎません?脅迫状ならもっとこう…血文字とか、殺すとか…恐怖をそそるような感じにしないと。」


「そそるって…それ、轢夲さんの趣味じゃないッスか。」

脅迫状は、血文字ではなくパソコンで打った様な機械的な文字。


殺すなどといった文言も無く、届いているのは都澄が示した1枚だけである。



羮芻の言うように、脅迫状というよりはストーカーが贈るものに近い。



「まあ、そうなんだが…。届いた先が問題でな。氷室財閥のご令嬢なんだ。」



「本当ですか!?」


「それはそれは。」



要と篠宮が驚くのも無理はない。



氷室財閥は、知らない人はいないほどの資産家一族。


全国にかなりの土地を持っている地主であり、スーパーから百貨店といった日用品、医療や介護といった福祉、銀行や建設といった企業などを経営している実業家でもあるのだ。



そしてその令嬢、氷室岨聚(ヒムロ ソジュ)が、この脅迫状紛いの受け取り主である。



「総帥が騒いでな。被害届も出ているし、捜査しない訳にはいかなくなった。」



「圧力、ですか。」


「そんなところだ。」



察しが良い要でなくても分かる。


上層部が、権力者には良い顔をしたい、という身勝手を。



とはいっても、被害者に実害が出てからでは遅いので、現時点からの捜査開始は良いことなのは確かだ。

「警護はどうしますか?」



岨聚は銀行の本部で支店の統括をしており、時々都内を回っている。



「今は四六時中誰かが張り付いているそうだが、それも限界がある。明日、中学校の同窓会が開かれるから、とりあえずそこで警護と捜査を兼ねた潜入を始める。」


「同窓会ですか?」



「詠継祇ヶ丘中学校ですよ。ご令嬢が都立って、なんだか腹立ちます。」



都立詠継祇ヶ丘(ヨツギガオカ)中学校は、ごくありふれた都立。


財閥とはいえ特別扱いはしないとの父親の意向らしいが、見下されているようで橘はいい気がしない。



「詠継祇ヶ丘中学……?」



篠宮には、その名前に覚えがあった。



「静音、お前の通ってた中学だったんじゃないか?」


「そうだ。確かそうだよな。すっかり忘れてた。どっかで聞いたことがある名前だと思ったんだ。」



篠宮の言葉に、思い出したようで要も頷く。



「そう…ですね。」


「どうかした?」



いつも明るく年下キャラ全開なのに、今まで口を挟むことも無く、しかも自分の中学のことであるにも関わらず話し掛けられても反応が薄い静音に、橘は尋ねながら不思議そうに首を傾げる。

「同窓会なら通知来てるだろ?休みも言わないし、行かないつもりだったのか?」



中学の同窓会、確実な休みは取れなくとも相談ぐらいはするはずだと来栖は思う。



「…行きませんよ。私、仕事人間ですからねー。眉間に皺寄せて、後輩イビっている誰かさんとは違うので。」


「俺はそんなことはしていない。」



「自覚あるんですね。」



「…2人とも止めなさい。」



ニヤリと笑う静音はもういつも通りで、今にも怒鳴り出しそうな来栖を前に要は両者成敗で治める。



「行かない予定にしても、柊は面が割れているからどうするか…」


「フリーターで通ります。警官って中学の人間は誰も知らないので大丈夫です。」



「って、同窓会に出席したら一番良いんじゃない?」



都澄と静音の会話に、轢夲は最もな疑問を口にする。



「同窓会出ながらじゃ、捜査に集中出来ませんし。そもそも行くつもり無かったんで、問題ないです。」


「確かにそうね。柊の苦痛に歪む顔は見たいけど、捜査に支障が出るのは困るから今回は我慢しておくわ。」



捜査は苦痛ではないし、我慢のしどころが間違っているのは、轢夲にとっては最早普通だ。

「柊がそう言うなら、それで行こう。表立っては、SPと制服警官が警護に当たる。我々は、同窓会の会場であるホテルのスタッフとなり、警護と捜査を進める。」



都澄の指揮の下、各自準備を始めた。




要は他の部署との連携と調整に。



轢夲と羮芻は、ホテルの構図の把握と監視カメラの設置、インカムなどの通信機器の準備を。



幡牛と遁苺は、潜入先のホテルの制服と備品の調達へ。



そして、応援スタッフとして潜入する実働部隊は、全部で5人。



篠宮・椎名は、人物チェックを兼ねた受付


静音・橘・来栖は、会話と相関関係チェックを兼ねた食事の配給



ホテルの仕事をこなしながらの潜入となる。



捜査の妨げとなる為、潜入していることを知っているのは岨聚に張り付いているSPと制服警官、ホテルの総支配人とごく一部。



氷室一族には、捜査を開始していることだけ伝えられており、潜入のことは伏せている。


これは、たとえ権力者とはいえ、自作自演もしくは一族内でのトラブルの可能性を警察としては否定出来ない為である。



さて、入念な警備を掻い潜り、脅迫状の差出人は果たして同窓会に現れるのだろうか?

明くる日の午前10時15分。


都内にあるホテルの一室では、慌ただしくも着々と準備が進められていた。




――詠継祇ヶ丘中学校様
       同窓会会場――




「こちら柊。食事及び配置、問題ありません。」


「こちら橘。キッチンとバックヤードも大丈夫です。」



「こちら来栖。配膳完了しました。」



「こちら椎名。ロビー及び非常口付近、異常なしです。」


「こちら篠宮。受付準備調いました。」



実働部隊のインカムからは、次々と報告が流れる。



「よし、こっちのモニターにも問題は見られない。」



ホテルの地下駐車場には、通信機器を搭載したワゴン車が止まっていた。



その中では、轢夲と羮芻が捜査用に設置した監視カメラからの映像と無線の管理。


要は、ホテルの構内地図とモニターとを見比べながら全体を把握する。



監視カメラは、会場・ロビー・エントランス・バックヤード・非常口・地下駐車場と抜かりなく設置した。


人の目と合わさることで、より強固なものとなる。



「もうすぐ開場時刻だ。全員、よろしく頼むぞ。」


「「了解!」」



同窓会が幕を開ける。

「お待ちしておりました。招待状をお預かり致します。」


「こちらの受付表にお名前の記入をお願い致します。」



午前10時50分、続々と受付を済ませた招待客が会場へと入っていく。


しかし、椎名は開場直前に静音が言った言葉が気になっていた。



今はバックヤードに控えている静音が、



「何があっても手は出さないで下さいね。」



静かにそう言ったのだ。



同級生も出席するのだから元カレでもいるんじゃないの、と橘がからかうと静音もそれに乗っかってふざけて返す。



ただ、椎名にはいつもの声と違って聞こえた様な気がしたが、開場時間になり確かめることは出来なかった。



「氷室のご令嬢が到着した。各自警戒を怠らないように。」



同窓会の雰囲気を壊したくないと岨聚から要望があったので、見える警護は受付手前で離れるようにプランを変更した。


それと同時に、脅迫状のことも知られないようにとのことだった。



普段より秘書やSPは数人付いている為、今の状態でもそこまで怪しまれることはない。


しかし、脅迫されて神経質になっている証拠なのだろうか、会場内では気心が知れた友達と居たいようだ。

「岨聚様。」


「お久しぶりです。」



岨聚が会場に入ると、次々と挨拶が交わされる。


同級生から先輩後輩、先生まで。


まるで、媚びを売るかのように。



「これより、詠継祇ヶ丘中学校の同窓会を始めたいと思います。」



午前11時、司会により同窓会が開始した。



「岨聚、これ美味しいよ。」


「あらほんとね。琅提も食べたら?」


「あ、ありがとう。雅、ケチャップ付いてる…」



岨聚は同級生で銀行の窓口担当でもある、面倒見の良い姉御肌の蒜崖雅(ヒルガイ ミヤビ)と大人しくも世話好きな伽虐琅提(カギャク ロウサ)とバイキング形式の食事を楽しんでいる。



「玲斗、最近どうよ?」


「どうって、特に変わりないよ。」



「相変わらずガキ共の相手かよ。」


「ガキって…患者だから。」



銀行の支店長をしている千影鏡鵺(チカゲ キョウヤ)と診療所の小児科で研修医をしている織端玲斗(オリハタ アキト)が、ワインを片手に談笑している。



「鏡鵺、玲斗あなた達もお酒ばっかりじゃなくて料理食べれば?美味しいわよ。」



岨聚に言われ、鏡鵺と玲斗も食べ始める。

「なんか同窓会っていうより、媚売り回りみたいッスね。あーやだやだ。」


「大丈夫よ、あんたには縁のない世界だから。まあでも、ああゆう余裕綽々の仮面を剥がしていたぶるのも、結構乙なものかもねぇ。」


「「……………。」」



モニターを見ながらニンマリ笑う轢夲の方が、権力争いよりよっぽど恐怖だと要と羮芻は思う。



「でも静音の言う通り、氷室岨聚の周りにいる4人はかなり親しいな。様付けではなく、呼び捨てだ。」


「雰囲気も他と違って和やかで、本当に同級生って感じですしね。」



12時5分、ほとんどの招待客が来たので篠宮と椎名は総支配人に頼んで受付をホテルの本来のスタッフと交代してもらった。


会場の中へ入って、運営スタッフを手伝いながら様子を伺っている。



岨聚に近付くであろう人物を、静音の覚えている範囲で報告を予めもらっていたおかげで、4人の素性はすぐに把握出来た。



「その4人、氷室岨聚に劣らない容姿ですよねー。いいなぁ、あんな人達が同級生なんて。」


「別に、それで学校選んだ訳じゃないし。」



「そりゃそうだけどさー。やっぱ、いるなら美男美女の方がいいじゃん。」

バックヤードから会場をチラミした橘が、羨ましそうに言う。


しかし、公立でしかも決められた学区の為、事前に良し悪しなど分かるはずもないので静音は定型文で答えた。



「というか、美男美女ってあれが?」


「そうでしょうよ。同級生って括りになると、結構気付かないもんなんだねー。特に、あの男子2人の顔がイケメンに見えないなんてさ。いつも、篠宮さんとか要さんとかといるからかな?」



「失礼だから。」


「悪かったな。」


「減給するぞ。」



橘の言葉に、静音・篠宮・要の3人は、間髪を入れずに返した。



「あ…、すみませーん。」



しまった、と橘は思ったがもう遅い。



轢夲と羮芻が用意した高級ホテル用のインカムは、小声であっても拾ってくれる高性能仕様だ。


そして、実働部隊と支援部隊の会話は、全員に配信されるようになっている。



必然的に、会話が筒抜けということになる。



「はあ…、お喋りはそこまでだ。柊、橘。料理が少なくなってきたから運んでくれ。」



「了解。」


「了解でーす。」



飲み物を運ぶウェイターとして会場に居た来栖より、呆れた声で指示が飛んだ。

「あれ…?柊……?」



静音と橘が他の配給スタッフと料理を運んでいると、玲斗が近付いて来た。


顔がバレることは想定済みなので、橘はスルーして料理を並べる。



「ひ、柊さん…」


「あんたここで何やってんの?」


「まさか、ここのスタッフ?」



玲斗の声に、琅提・雅・鏡鵺も反応する。



「何だか、驚き方がオーバーですね。」


「ああ、そうだな。」



4人を盗み見た篠宮と椎名は、単に驚くというよりも動揺しているように見えた。



「スタッフじゃない。単なる応援のバイト。」



静音は、4人の反応を分かっていたようで淡々と話す。



「あら、柊さんじゃないの。」



来栖とは別のウェイターからシャンパンを受け取っていた岨聚が、静音に気付き近付いて来た。



「どうも。お久しぶりです、岨聚様。」


「へぇ。貴女、ここのスタッフなの?」



先程の4人との会話は聞こえていなかったようで、同じことを聞かれた。



「いえ、応援のバイトです。今はフリーターなので。」



この後の接触を考えて、推測可能な特定の企業ではなく、時間の都合もつきやすいフリーターを装う。

「そうなの。貴女にはお似合いね。人に傅いて服従しているその姿。」



静音の全身を舐めるようにして見る岨聚の目付きは、高いヒールを履いていて身長差があるのを差し引いてもかなり鋭いものだ。



「………目障りなのよ。」


「!!!」



岨聚は手にしていたシャンパンを、静音の頭に1滴残らずかけた。


静音は胸の辺りまで濡れ、髪の毛からは雫が滴り落ちている。



しかし、ご令嬢の行いだからか静音を庇う者は一人もおらず、加えてクスクスと嘲笑まで聞こえる。


そばにいた4人も一瞬表情が強張ったが、言葉は発しない。



「椎名、こらえろ。」


「っ……、篠宮さん…。」



一歩踏み出しそうになった椎名を篠宮は言葉で止めるが、椎名が見た篠宮の握り締められたその拳は震えていた。



「離してください…!」


「今行ったら騒ぎになる。」



飛び出す勢いの橘の腕を掴み、来栖はやりきれない思いながらも必死で引き止める。



招待客はおろかホテルのスタッフさえも手を出していないこの状況で静音を庇えば、後々関係を疑う者が出てこないとも限らない。



静音の言葉通りここは見守り、耐えるしか無かった。

「これで穢らわしい貴女の心も洗い流されて、少しはマシになったんじゃない?」



ニヤリと笑うその表情は、さながら悪女だ。



「……お心遣いありがとうございます。皆様、お見苦しいところを大変失礼致しました。」



感情の籠っていない表情と台詞。


一礼して、静音は会場を出た。



「何よ、あの態度。」



「まあまあ、仕切り直そうぜ!」


「そ、そうね…。」



「ウェイターにシャンパンもらってくるよ。」



静音の言動が気に入らなかった岨聚は不満げだ。


しかし、これ以上場の雰囲気を損なう訳にはいかないと、鏡鵺は提案し、琅提はそれに同意し、雅は気をきかせる。



「っ、柊……!」



しかし耐えきれなくなったのか、玲斗は静音の出ていった方向へと駆け出した。



「ちょっと、玲斗!?」



「…ちっ。空気読めよ。」


「あの馬鹿……!」


「どど、どうしよう…」



玲斗の突然の行動に、岨聚は驚いて声をあげる。



取り繕うとしていた鏡鵺は悪態をつき、雅は頭をかかえ、琅提はオロオロするばかり。


声は小さいながらも、3人の態度には苛立ちと呆れがはっきりと出ていた。

「静音!」



先程のことをホテルのスタッフに色々突っ込まれると面倒なので、バックヤードではなく要の元へ行こうと非常口まで来たが、追い掛けて来た玲斗に呼び止められる。



「……何?」


「あ…いや、いきなり転校して、別れも言えなくて。期待は少ししてたけど、まさか、会えるとは思ってなくて…岨聚が来るのは分かってたことだし。」



静音がいるなんて思わなかった。

ここで、会えるなんて。



「別に、二度と会うつもりなかったから。今日は偶然仕事だっただけ。」


本当に偶然だった。

そうでなければ、自分から会うことは絶対に無かったから。



「早く戻らないと岨聚が怒るよ。あの様子じゃまだ諦めてないみたいだし、こうなることは分かってたから。…私は大丈夫だっていつも言ってるでしょ。」



そう言って笑う静音の顔は、昔と変わらず悲しそうだ。



「静音…っ!」


「!あ、玲斗…!濡れるから離して。」



「構わない!…僕は静音が好きだ。ずっと変わらない。昔みたいに逃げたくない、今は君を守れる!……だから、…そばにいてくれ。」



繋ぎ止めるように、逃げようとする静音を玲斗は抱き締める。

「……玲斗。気持ちは嬉しいけど、私は誰とも付き合う気無いって前にも言ったでしょ。」



体を無理矢理引き離し、告げた言葉は昔と同じ。



「全く…綺麗なスーツが台無しじゃない。ほら、これでちょっとはマシになった。」



スーツをハンカチで拭く。

若干濡れてしまっていたが、見た目はもうほとんど分からなくなっている。



「静音…」


「ほんとに戻らないと岨聚が怒る。ほら早く。」



玲斗の向きをクルリと変え、静音は背を押す。



「…分かった。これ僕の名刺。終わってからでいい。連絡待ってる。」



これ以上しても押し問答になるだけだと、玲斗は名刺を渡して会場に戻った。



「静音。」


「大丈夫?」



「シノさん、椎名さん。」



玲斗が過ぎ去るのを待って、篠宮と椎名は話しかける。



「諦め悪すぎですよねー。男って皆そうなんですか?」



玲斗との会話が筒抜けなのは分かっているので、神妙な顔の2人を和ませようと静音はおちゃらける。



「……大丈夫です。そんな顔、しないでください。分かってたことですから。」



それでも変わらない表情なので、静音は安心させるように言う。

「来栖さん、そっち大丈夫ですか?橘が飛び出して来そうなの、視界の端っこで見えてたんですけど。」



「ああ、何とかな。会場内も問題ない。」



玲斗が戻ってすぐなだめたおかげで岨聚の機嫌は直り、会場内は再び和やかな雰囲気に包まれた。


橘も騒動を起こさず、来栖は溜め息と共にそっと息を吐く。



「柊~」


「情けない声出さないの。とりあえず、仕事して。」


「分かってる~」



来栖が怒っていないから態度には出ていないのだろうが、インカムから聞こえてくる橘の声はかなり腑抜けている。



「心配ありがと。抜けるけど、後よろしく。」


「了解~」



騒がれてはいないが岨聚の機嫌を損ねてしまう為、会場には戻ることが出来ないので後を橘に託す。



「静音、着替えてこっちに来てくれ。モニターなら大丈夫だろう。」


「了解です。」



タイミングを見計らったかのように、要から指示が来た。



「シノさんも椎名さんも、戻って大丈夫です。後は要さんとこにいますから。」



「分かった。風邪ひかないようにな。」


「こっちは任せて。」



静音は更衣室へ、篠宮と椎名は会場へと向かった。

「結局、現れませんでしたねー。」



18時20分。



宴もたけなわの同窓会は、あれから何事も無く14時に幕を閉じた。


ホテルのスタッフに怪しまれない様に片付け等も行ってから、2係に戻り一息つく。



岨聚も無事に帰宅したと連絡が入り、良かったのか悪かったのかと、橘は項垂れる。



「脅迫状の内容が、迎えにいく、だからな。油断は出来ん。」



都澄は、次の手を考えなければならないと思考を巡らす。



「皆さんお疲れ様でした。お茶どーぞ。」


「クッキーもあるから、好きなの取ってくださいな。」



遁苺がお茶で、幡牛がお手製のクッキーで、それぞれ1日を労う。



「幡牛さんの趣味がお菓子作りなんて、何か納得いかないッスよね。遁苺ちゃんなら分かるのに。美味いけど。」



「褒めてんのか貶してんのかどっち?文句があるなら食べなくていいわよ。」


「いえいえ!ぜひ頂きます!」



取り上げようとする幡牛から、羮芻は2係の癒しの元であるクッキーを風の様な速さで死守した。


羮芻が考えるビジュアルにピッタリな遁苺だが、生憎料理は苦手らしい。



「柊さん、大丈夫ですか?疲れました?」

いつもなら橘と一二を争うぐらいに食べ始める静音は、戻って来てから挨拶以外一言も喋っていない。


クッキーを目の前にしても、心ここに在らずといった感じだ。



「え?ああ、大丈夫。ありがとう。」


「柊が同窓会行かないって言った理由分かったわ。あれ、完全にいじめだよねー。」



ピシッとヒビが入るように、一瞬にして空気が凍る。


しかし言った張本人の橘は、そんな空気に全く気付くことなくクッキーにパクついている。



「橘……、お前がここまで空気が読めない奴だとは思わなかったな。」


「私でも言わなかったのに。無知って罪よね。」



静音の様子に篠宮や要、都澄でさえもいまだ何も言わないのは余程のことだろうと、来栖達は深く聞こうとはしなかった。


轢夲も社会的常識は一応持ち合わせているので、空気を読むことだってある。



「…気を使わせてすみません。でも、あれは自業自得のなんで、しょうがないんです。岨聚達は悪くない。……係長、ちょっと寒気がしてきたので、帰ってもいいですか?」



嘘か真か。


そう言って笑う静音の顔は、玲斗に見せた表情と同じだった。

「大丈夫ですかね?風邪ひかないといいですけど。」



「いや、あれは絶対嘘に決まってるッスよ。橘が変なこと言うから。」



「わ、私のせい!?……篠宮さん~」



自覚が無い橘だが突き刺ささってくる視線が痛くて、篠宮に助けを求める。



「橘のせいじゃない。神経質になってるだけだ。」


「3年前のこともあるし、今は無理に聞かない方が得策ですね。」


「意外に頑固だからな。」



篠宮と要は、過去の静音を思い出して苦笑いを浮かべる。



「3年前って、確か所轄の刑事課にいた時ですよね?」


「そうそう。ヤクザの組の幹部の逮捕に貢献したとかで、巡査部長に推薦されたって。」



「かなり噂や話題になりましたからね。ペテン師夜鷹がやりやがったって。」


「なんですかそれ?聞いたことないんですけど。」



椎名と幡牛が思い浮かべるのは静音の功績だが、来栖が言ったことは真逆の批判的なもの。


そんな聞き覚えのない言葉に、橘は眉をひそめる。



「刑事課では有名な話だ。まあ、対外的なことと年齢の関係上、警察内部でも知ってる人間は限られる。そうですよね?篠宮さん、要さん。」

確かめるように、しかしかなり断定を込めて来栖は問い掛けた。



「ああ。」


「噂はともかく、真実と静音の性格を知っている人間は少ないかもしれないな。」



それに対して、篠宮と要は肯定を示す。



「どういうことですか?」



「ペテン師も夜鷹も、柊には似合わなさすぎるわね。」


「似合わないというか、あり得ないって感じッス。」



橘は意味が分からず、轢夲と羮芻も来栖の言った言葉に引っ掛かる。



「篠宮さん、要さん、教えてください。柊に何があったんですか?」



椎名は知りたかった。

いや、知るべきだと思った。


初めて自分から知りたいと思えた静音のことを。



「いや、これはなあ……」


「僕達から言うことでは……」



椎名の言葉に、篠宮と要は顔を見合せ言い渋る。



「今回の件、柊はまた自分で抱え込む可能性がある。それを分かった上で受け止めて吐き出させてやるのも、親代わりの務めじゃないか?ここにいる奴らは、柊を責めるようなことはしないだろ?」


「係長…」


「そうですね。」



都澄の力強くも優しい言葉とそれに頷く2係の面々に、篠宮と要も想いを汲み取った。