アラカルト大団円

「結灰!飯食いに行かね?」


「……。毎日毎日、こんな昼間っから外に食いに行ってる時間あるわけねぇだろ。仕事しやがれ!」



烏田切と蘇芽が逮捕されて数週間。


蘇芽は、殺人・殺人未遂・誘拐略取・傷害・覚せい剤所持・銃刀法違反

烏田切は、殺人教唆・死体遺棄・証拠隠滅・覚せい剤所持・銃刀法違反


煌達は裏付け捜査をしたのち、検察に起訴の為送致した。



蘇芽が扇崎を殺害した理由について、覚醒剤の事を知られて殺される、だから殺られる前に殺った、俺は悪くないと目が覚めた時から繰り返していた。


担当医によると、虚言や妄想は覚醒剤の副作用らしい。

しかし、搬送先の警察病院で取り調べに立ち会っていた煌を怒らせるには十分だった。


叩けば埃が出てくるとは思っていた余罪も、予想を遥かに越えた数が出てきて裏付けは骨が折れる作業だった。

だが、気合いの入った煌とそれに触発された瀬羅によって比較的早く済んで、違う事件に取り掛かることが出来たのである。

烏田切と蘇芽の逮捕と同時に、癒鼬組にも強制捜査が入った。


癒鼬組の組員も半分ほど覚醒剤絡みで逮捕された。

内訳は元渋鷺組と誘惑に負けた元癒鼬組。

覚醒剤の入手ルートはやはり五課が追っていた中国マフィアで、そちらにも捜査が入り壊滅に追い込んだ。

裏付けに大変そうだが、五課の面々の顔は晴れやかだ。


そして、大半が逮捕されたことにより、癒鼬組は勢力を縮小せざるを得なかった。

ただ、烏田切が仕切っていた企業も人手に渡し合併前の癒鼬組の雰囲気に戻った事は、硬派な緒方にとっては良かったらしい。


3日というスピード解決に上層部も評価も高く、協力姿勢を見せた緒方の態度も良かったらしく、緒方と煌の親子関係には目を瞑ってくれるとの事。


おおぴらにしなければ、会ってもいいとのお達しまで。


署内には、烏田切が連行された時大声で叫んだ為知れ渡ってしまい、数日間煌はからかわれ話のネタにされてしまった。

しかしそれは、悪意ではなく愛されているからだと、取り調べ中に五課から聞いて、関係が公になり警察内での煌の立場が気掛かりだった緒方は、安堵の表情を浮かべたという。

しかし仕事、つまり事件は次から次へと起き感傷に浸ってはいられなかった。


煌に仕事がある、ということは隼弥にもあるわけで。


煌が忙しい、ということは隼弥も何かしら忙しいわけで。


毎日毎日、お昼や夜に食事に誘ってくる隼弥は、つまるところ仕事をしていないわけで。



「うるせぇ!痴話喧嘩なら外でやれ!」



一課の前で繰り広げられる押し問答に、志麻が痺れを切らす。



「痴話喧嘩じゃないですよ~。愛のラブコールですよ。」



あの事件の後、再度隼弥に好きだと告げられ、ゆっくりでいいから返事が欲しい。と煌は言われた。


捜査をしていった中で、隼弥の思いを知り最初の時より自分の気持ちが明確になっていることは煌は分かっていた。

だから、母親のように素直になってみることにしたのだ。


自分も好きだ、付き合ってくれと。

「そんなんも分からないようじゃ、いつか奥さんに逃げられますよ。」


「心配無用だ。俺のところは夫婦円満だからな。」



からかう隼弥に、勝ち誇った様に言う志麻。



「ねぇ。あれからだんだん酷くなってない?」


2人の言い合いを、巻き込まれない様に遠くで眺めていた瀬羅の言うことは正しかった。

隼弥との押し問答は、日常化していたからだ。



「返事するタイミング間違えたか?」


「しないならしないで、アプローチが酷そうだけどね。」


「言えてるな。」



恋人の立場の煌と同僚の立場の瀬羅からは、酷い言われようだ。


しかし、現実的にそうすると断言出来るだけの材料と現状がある以上、隼弥には反論の余地は残されてはいないだろう。


甘い雰囲気には、まだまだ程遠い2人である。

ところ変わって、ここは都内の小さな墓地。

お墓の前には1つの影。



「よっ。オヤジ、夏渚、来たぜ。」



墓参り道具を持った秋だ。

納骨には、皆が来てくれて秋は喪主らしく振る舞って忙しかった。

だから、ゆっくり話そうと1人で来たのだ。


まぁ、聞かれていては照れくさいという理由もあって、ちょっと出てくると言って行き先は誤魔化した。



「事件、無事に解決したぜ。煌がすっげー頑張ってくれた。怪我も大したことなくて、まじでホッとしたよ。」



緒方との話が終わったその足で、煌と春貴は検査の為に病院へ赴いた。


煌は、打撲や切り傷が多かったが脳に異常は見られず経過観察で問題ないとの事だった。


春貴も全く問題なく大丈夫だった。



「今日も春貴は元気に学校行ってるぜ。」



朝食も、もりもり食べる育ち盛り真っ最中だ。



「だけどよ、1人でヤクザの家に乗り込むなんて無茶してさぁ。煌が傷付くと思ったにしても、早まり過ぎだっつーの。」



煌が納得いっていなかった、扇崎が単身癒鼬組に行った理由。


それは、白雪で蘇芽が話していたのは組の裏事情だけではなかったからだ。

緒方と烏田切が煌について、話合っているのを蘇芽はたまたま耳にした。


ただ、聞き違えていたらしく《頭には息子が1人いて、しかも伝説の不良といわれてる。》と言っていて、本人もそう思い込んでいたと、取り調べた煌から聞いた。


しかし、それを聞いた扇崎は、息子ではなく娘、つまり煌のことだとすぐに分かった。

だが、未婚の母で通してきたのに今さら父親が生きていて、まさか癒鼬組の組長などと言える訳が無かった。


警察官である上に、正統派の不良であった煌が暴力団に良いイメージなど持っている筈がない。

大好きな母親がそんな男と、しかも自分と血の繋がった実の親子だと知ったら………

と思い悩み、扇崎は言えなかったのだ。


意を決して事件前日に呼び出したものの、結局言えずに終わってしまった。



「現役から変わらず不器用なのはいいけどさ。それで、死んだら世話ねーぜ。」



生前の頑固親父的なこの上なく不器用な姿を思い出して、秋は一人苦笑い。

「そうそう。煌に恋人出来たんだ。同僚なんだけどさ、すっげー軽そうな奴。」



思い出した様に、話題は隼弥のことへ。



「あいつにはさ、煌は勿体ないと思うんだよなぁ~。まぁ、煌が好きだって言うんだから仕方がねぇけどさ。」



口を鳥のクチバシの様にしていじける。

秋にとって煌は妹の様な存在なのだが、気分はまるで娘を嫁に出す父親だ。



「獅子王の奴、まじ凹んでやがったぜ。あんだけ分かりやすいアピールも見てて笑えたけど、煌は気付かなかったからなぁ。気の毒ちゃあ、気の毒だよな。」



煌が裏取りをしている最中、近くで空き巣被害があり隼弥が応援で臨場していた。

なので、終わったところを見計らって連れ立ってご飯行こうとしていたら、桐也達とばったり出くわしてしまったのだ。


見るからに仕事中でないのにも関わらず親密そうにしている2人に桐也が突っ掛かって、不幸な事に煌本人から付き合っていると言われてしまったのである。

「鈍感なのは父親似だと、俺は思うんだけどさ。」



倉庫街で見た、緒方の姿を思い浮かべる。

惚れた腫れたの恋愛沙汰には、とても疎そうなあの強面を。



「けどよ、煌のことなら俺にぐらい相談しろよな。」



そういう意図がないとはいえ、隠し事はいい気がしない。

煌のことなら、尚更だ。



「一人で抱え込むなって言ったの、そっちだろうが。」



桐也に挑まれた時、諭してくれたのは扇崎。

支えてくれたのは、もちろん夏渚だ。


この親子にだけは、不死鳥の名を持ってしても敵わないと思う秋。


目の前にある、無機質な石の塊を見上げる。



「まっ、俺も煌も、もう大丈夫だ。」



秋には、春貴が。

煌には、隼弥が。


そして、仲間も。


皆がいる。


だから……、



「安心して眠ってろ。」



逝ってしまった、もういない人物を安心させる様に微笑んだ。

「さて、帰るか。あいつら怒ってるかな……。」



腕時計を見ると、結構時間が経っていた。


ちょっと、が長かったな~と紅葉と梓凪の顔を思い浮かべる。



「あ……。」



帰ろうと出口方向に振り向くと、並んだ墓石の向こうに、今思い浮かべた顔が2つ。



「おまえら、なんでいんだよ。つーかいつからだ。」



「秋さんが遅いからっスよ。」

「ここだろうと思って来たら、やっぱりビンゴ。」



紅葉と梓凪は、ニヤニヤ笑っている。

遅い秋を心配し、迎えに来たようだ。



「秋さん、顔赤いですよ。」

「熱でもあるんスか?」


「うるせーよ!」



2人の様子から見られていたのが丸わかりで、秋は照れくさくて顔が赤色に染まる。



「帰りましょ。」


「……ああ。」



優しい声に顔をあげると微笑む仲間。

微笑み返し歩み始める。





――――帰ろうか。大切な人達とあたたかい居場所へ。

「桐也さん、元気出して下さいっスよ。」



秋があたっかい気持ちになっている頃、桐也は落ち込んでいた。


もちろん、煌のことだ。


あまりにも沈んでいる秋に、普段他人には興味を示さない冬架と胡桃も慰めるほどだ。



「しょうがないじゃないっスか。」



「桐也さんには私達がいますよ~。」

「そうっスよ。どこまでも付いて行くっスから!」



尊敬の眼差しの冬架に対して目がハートな胡桃。



「そう……か……?」



2人の意図がいまいち汲み取れない秋だが、励まされていることだけは分かる。



「そうですよ~。」


「そうっスよ。」



顔をあげると、力強く頷く2人がいる。

「そう、だな……。」



一人で生きてきた。

力が全てだった。

秋に挑んだのは、一番になりたかったから。

煌に惹かれたのも強さからだ。


いつまでたっても自分を見てくれないばかりか、目線はいつも違うやつ。


自覚した想いを、自分なりに精一杯伝えていたにも関わらず実ることはなかった。



だけど、自覚したのは恋だけではない。


目の前にいる、ピンチの時には駆けつけてくれる人に気付くことが出来た。



「メシ食いにいくか?」


「「はい!」」



完全に吹っ切れてはいない。

しかし、これ以上落ち込んでても仕方がない。


とりあえず、腹の虫でも止めに行くか、と珍しく自分から誘う桐也。



「今日は俺の奢りだ。」


「まじっスか!」

「やった~!!」



はしゃぎながら根城を出て行く3人。



――――行こうか。自分の変化に気付いて気にしてくれる人達とどこまでも。

「いい加減にしろよ……。」



駄々をこねる隼弥に煌は溜め息が出る。



「結灰のいじわる~。ちょっとぐらい構ってくれたっていいじゃん~。」


「駄々っ子かお前は。見苦しいぞ。」



隼弥の言動に志麻も呆れ顔だ。



ピリリリリ――――……



「ああ……、今は大丈夫だ。」



掛かってきた電話に煌はほとんど受け答えなだけの為、相手が分からない。

志麻達に言わないので、私用らしい。



「誰からだ?」


「誰からでも良くない?」


「そーだけど………」



雰囲気から親しい相手のようで、隼弥的には面白くないのかむくれている。


瀬羅は、子供ね……、と内心若干引きぎみだ。

「今日か?事件がなきゃ定時に終わるから大丈夫だ。……分かった、また後でな。」



「(だ、誰からだったんだ…?)」



携帯を仕舞った煌は、内容から察するに会う約束をしたようだ。


恋人の立場としては、気になるところ。



「隼弥。」


「(誰だ……)」


「……隼弥?」


「(気になるなら聞けば良いのに……)」



煌の問いかけにも気付かない程、女々しく悩んでいる隼弥。

対して、男前の瀬羅。


生まれてくる性別を間違えたのかと思う程、変なところで正反対の両者だ。



「隼弥!!」


「ぅおっ!ビックリした~」



反応を示さない隼弥を揺すったところ、予想外だったのか驚く隼弥。



「んな驚くなよ……。」


「あ、悪い。電話終わったんだ。」


「ああ。」



自分の世界へトリップしていたとは夢にも思わない煌は、変な奴……と思いつつも、まあいつも変か……と一人納得し気にも留めない。

「昼飯行くか?」


「えっ?!いいの?」



断り続けていた煌からの誘いに隼弥は驚く。



「いいのって…。お前が言ったんだろ?」


「そりゃそうだけど。」


「その代わり夜は無理になった。親父と会うことになったから。」


「へ?ああ……!電話の相手、緒方さん?」


「そうだけど。それがどうかしたか?」



電話の相手が緒方だと分かり、良かったと思ったその感情が態度に出ていたらしく、煌は不思議な表情だ。



「いや!なんでも!行こ行こ!」


「あ、ああ…。じゃ先輩、昼飯行って来るっス。」



隼弥に背中を押されて促されたので、煌は不思議な顔を浮かべたまま出掛けていった。



「丸く収まりましたね。」


「だがな。毎日毎日あれじゃ、こっちの身がもたん。」


「それは…。確かに、困りますけどね。」



アプローチがエスカレートする隼弥とそれに気付かない煌。


付き合っても変わらない関係性に、周りが疲れてしまうのは仕方がないのか。


本人達に直す気がないので、殊更大変だ。


因みに、主に負担を強いられるのは志麻だ。

面倒見が良く、立場上ほったらかしには出来ないので特にである。

「お前も昼飯行ってこい。さっきから待ってんぞ。」



志麻が顎で示した先には、瀬羅と同期の女の子数人。


話し掛けられなかったのか、少し離れた先でこちらを窺っていた。



「あ!すみません。行ってきますー!」



「全く、世話のかかる奴らばっかりだ。」



瀬羅を見送った志麻の顔は、先程の秋と同様、まるで父親のようだ。



「志麻さん、俺達も昼飯にしますか?」

「おう。」


「今日も愛妻弁当ですか?」


「ああ。羨ましいだろう。」



自慢気に愛妻弁当を見せる志麻に、隼弥のこと言えないよな…と内心苦笑いの同僚と共に、志麻も昼食をとるのだった。



――――頑張ろうか。大事な大事な誰かの為に。

銀の弾丸が撃ち抜いたのは、過去からの確執。



しかし、溝が埋まった後も止まることなく飛んでいく。




付かず離れず、時に交わりながら。



それぞれが、それぞれの道へ。




描く軌道は、どこまでも。