大乱闘は桜吹雪の様に

「なっ!!!」



突然煌に突っ込まれ、予想外のことに烏田切はよろめく。



「……っ、この女……!!」



烏田切がよろめいたことで、烏田切の体が当たり外国人達は倒れ込む。



「離せ!!」


「離せと言われて離す奴がどこにいんだよっっ!!」



拳銃を奪おうと煌は烏田切と揉み合うが、烏田切も奪われまいと必死の抵抗でなかなか上手くいかない。



「(あの馬鹿っ!!)」


「志麻さんどうしましょう!?」



煌が行動に出たことで待機していた隼弥や瀬羅は、内心パニックになる。



「動くな、応援はまだだ。」



飛び出しそうになっている隼弥を抑えつつ、叫びそうになるのも抑え志麻は小声で制す。


その間にも、煌と烏田切は揉み合っている。



「何を突っ立っているんだ!この女をなんとかしろ!」


「ちっ。てめーらは邪魔なんだよ。」



烏田切に言われ外国人達は煌を引き剥がそうとする。

羽交い締めされそうになりながらも、烏田切ごと体を振り回し煌は捕まるのを防ぐ。

「いい加減にしろっ!」


「くっっ……」



先程蘇芽に受けた衝撃が今更出てきたのか、目の前が更に霞んできた。


しかも動き回ったせいで余計に傷口から血が流れ出している様で、ブラウスの襟元が濡れているのを感じていた。



ガンッ



「い゛っっ…………――――」



「煌姉ちゃん!!」



鈍い音が響く。


目を瞑っていた春貴は、音に驚き顔をあげた。



「はぁはぁ……はぁ……。まったく最初からそうして下さいよ。」



烏田切は乱れたスーツを整えると、死守した拳銃で再び銃口を煌に向ける。



「……っこんの、ヤ、クザ…風情が……」



煌は、崩れ落ちる様に烏田切の目の前に倒れ込んだ。


先程の鈍い音の正体は、角材が煌に降り下ろされた音。

その角材は、蘇芽が手にしていたものだ。

煌を引き剥がす為に、転がっていたのを烏田切の言葉に外国人の1人が使ったのである。



「(結灰っっ!!!)」



隼弥は手をこまねいている自分が情けなく、また目の前の状況に堪える為に手を強く握りしめるしかなかった。

「ガキを連れてきて下さい。墓場までドライブしましょう。」


「さ…せるか…よ…」



肩で息をしふらつきながらも、烏田切を睨んだまま片膝をついて起き上がる。



「そんな体でよく言いますね。諦めも肝心ですよ。」



「諦め、られるかよ。こいつもてめーらも牢獄にぶちこむまではな。」



既に気を失っているのか、右横にいる蘇芽は微動だにしない。

口元が微かに動いているので息をしているのは辛うじて分かるが、撃たれているので早く処置をしないとまずい。



「(どうすりゃいい……、春貴が逃げ回ってもこの人数じゃすぐ追い付かれる。)」



一層不利になった状況に、煌は自分の考えの甘さを痛感する。


烏田切は、口調は多少荒いもののほぼ落ち着きを取り戻していた。


外国人達も煌が抵抗する事が分かったのか、角材を持ったまま身構えている。

―――銀龍、良い名前でしょ。



「…………。」



ふと思い出された台詞。

優しい雰囲気を纏ったその人が笑顔で話す内容は、当時の煌にとって凄く物騒なものだった。


よくそんな言葉が次々と出てくるなと、呆れを通り越して感心したのを覚えている。



「(銀龍、か……)」



自身の通り名だが、自分で付けた訳じゃない。

かといって、周りが付けたのでもない。


隼弥が瀬羅に説明した銀龍の通り名の意味は、後付けされたものだ。


しかし、銀龍と名乗ったのも後付けの意味を触れ回ったのも、煌自身である。


それは、他人には理解し難いであろう本来の理由を隠す為にしたことだ。

煌だって初めは理解できなかった。

だけど真意を知って隠して良いと思った。
いや隠したいと思った。

嬉しそうに幸せそうに笑う顔を見てしまったから。



そして何より、煌は銀龍に誇りを持っている。

その名に負けない、そして恥じないように生きてきた。



意味も理由も、誰も知らなくて良い。

あの人との約束で、
あの人と描いた未来図。

くだらないと笑いあったあの人の夢。



「(銀龍は俺の……)」



存在意義、だから。

「離せ!」



春貴の声に、煌は現実に引き戻された。

外国人の1人が暴れる春貴を抱え、烏田切の元へ向かう。



「ノブも運びましょうか。また暴れられても困りますから、その女は縛って下さい。奥に梱包用のロープがありますから。」



烏田切の指示に、外国人3人が蘇芽を移動させる為に、もう1人がロープを探しに倉庫の奥へと、それぞれ動き始める。


煌はチャンスだと思った。

今烏田切の傍にいる外国人は、春貴を抱えている1人だけ。


外国人達にこの場の決定権は無いに等しい。

その証拠に、烏田切の言う通りにしか動いていない。


だから、自分が動いたとしても人質には取るかもしれないが、春貴を殺すという選択肢はないはずだ。


このままここから連れ出されれば、逮捕どころか春貴や蘇芽の命まで危ない。



「(ここまで、だな……)」



応援が来ても、逮捕出来なければ意味がない。


もっといえば、殺されたらそれこそ意味がない。



「(俺は銀龍で、警察官だ。)」



この窮地を脱する為に、実行に移した。

最も危険で、最も単純な、最後の手段を。

「殺されてたまるかよ!!」


「!またこの女は……!!」



煌は目の前の烏田切に飛び掛かる。


またもや拳銃を奪おうとしている煌に、烏田切は抵抗する。



パシュ



「!」



しかし、煌の目的は拳銃を奪うことではなかった。


奪えないなら、弾数を減らせばいい。

弾が無くなれば拳銃は武器として成り立たなくなる。


打ち出された弾が自身か烏田切か、最悪の場合春貴に当たる可能性も捨てきれなかったのは事実。

だが、そんな悠長なことを言っている場合ではないことは煌自身が一番分かっていた。


だからこそ、危険な賭けに打って出たのだ。



揉み合いながらも、煌は引き金を引き続ける。



パシュ、パシュ……パシュ……



パリンッ……ガン…バリンッ…



乱射される銃弾が、壁や天井の蛍光灯、窓ガラスに当たり割れていく。



パシュ、パシュ……カチカチッ



「!」


「終わり、……だなっ!」


「がはっ………」



弾が切れるのと同時に、煌は烏田切の鳩尾を膝で蹴りあげる。


そして、勢いそのままに左横にいた春貴を抱えている外国人の足を横蹴りし体勢を崩す。

「うわっ!」


「春貴!」



よろめいた外国人と春貴の間に隙間が出来、春貴の手を引っ張り抱き抱える。


一回転して回し蹴りを決め、外国人は完全にノックアウトだ。



「煌姉ちゃん!」



鳩尾を蹴られた烏田切はいまだに動けないのか、俯きうずくまっている。

しかし、煌が再び抵抗し烏田切にも危害を加えたとあって、蘇芽を運ぼうとしていた外国人3人が煌の背後に迫る。



「入口に走れ!」



そう言うと、春貴を入口方向へ降ろす。



「俺は、素手派なんだけどなぁ。仕方がねぇよな……。こんな状況じゃぁ!!」



先程、外国人の手から離れた角材を迫り来る外国人3人に向け振り回す。



煌は現役時代も今も、ほとんど素手で戦っている。


危なくなればそこら辺にあった物を武器代わりにしたり、相手から奪った物で応戦したりしていた。


武器を使わなくてもいいように鍛練を積んでいた、というのも理由の一つだが。


なので、常時持っていたり護身用といった武器は、現役時代を含め煌は特に持ち合わせていなかった。

そして、警察官になってからは尚更武器を使わないように気を付けている。

拳銃は許可がなければ持てないし、何より被疑者に怪我を負わせてはいけないからだ。



何とか素手で終わらせたかったのだが、それも無理な状況になって、仕方なく角材を使うことにしたのだ。

あくまで、1人ずつしか戦えないから3人の距離を引き離すことが目的ではあるが。



殴り掛かろうとして1歩前に出た真ん中の1人目に、振り回した角材が当たり尻餅を付く。



「(今だ!)」



角材を左にいた2人目の鳩尾に押し込み、壁へと突き飛ばす。

その反動を利用し右の3人目に角材を投げつけ、避けたところを殴って気絶させる。

尻餅を付いた1人目も、後ろ回し蹴りで気絶させた。



「……あと、1人っ!」



乱闘に気付いた最後の1人が、近付いてくる。


ロープを探していた男の手には金槌が握られており、釘を打つかの如く、煌の頭目掛けて金槌を降り下ろしてきた。



「ちっ……、何でもあるな、この倉庫はっ!」



しかし振りかぶりが大きく容易に避けられたので、金槌を払い退けそのまま男の腕を掴み投げ飛ばした。

「制圧、完了……ってか。」



浅い呼吸を繰り返し肩で息をしながらも、全員を戦闘不能に出来たことに安堵する。


ただ、脳震盪を起こしているのか視界は歪みっぱなしで足元はふらつくし、体は重い。

冷や汗と血のせいで濡れて冷たく感じる範囲は、今ではブラウス全体に及んでいた。


暗くてよく見えない床には、自分の血か外国人達の血か、どちらか分からないがきっと飛び散っているだろう。


この状態見たら、特に隼弥とか色々面倒だなぁ、とかボンヤリと思う。



「煌姉ちゃん!!!!」



背後にある入口から逃げた筈の春貴が、自分を呼んだ。


もう敵はいない。

だから大丈夫なのに、何故そんなに危機迫る声を出すのか。



意味が分からないまま振り向いた。


最初に見えたのは、勝ち誇った様に笑みを浮かべた烏田切。


その手には、何処にあったのか最初に向けられたものとは違う拳銃が握られていた。


そして、銃口は射程距離内の自分に向いている。




―――逃げねぇと………。




その刹那、銃声は響いた。

事件解決がもたらした破滅

「ぐぁっ―――………」



「!!」



撃たれたのは煌ではない。


右肩を抑えている烏田切の手は、みるみるうちに血に染まっていく。



「結灰!!!」


「先輩!」



撃ったのは、応援に駆けつけた五課の内の1人。


入口からは防弾盾を持った機動隊が次々となだれ込む。

その後ろには五課と志麻と隼弥、そして瀬羅とその横に春貴が見え隠れしていた。



「無駄な抵抗は、後々自分の為にならんぞ?」



そう言い五課の捜査員が、拳銃を構えながら慎重に烏田切に近付く。



「銃刀法違反、及び殺人未遂の現行犯で、全員逮捕だ!!」



「了解!!!」



志麻が叫ぶと、次々と手錠をかけられ連行されていく。

外国人5人は気絶しているので数人がかりで運ばなければならなかったが、抵抗されなかったので容易いものだ。



蘇芽は救急隊によって担架で運ばれていった。

サイレンが聞こえてくるので、救急車を要請していたようだ。

「ぐっ、私に触るなっ!」



捜査員数人に取り押さえられてもなお、烏田切は抵抗する。



「いい加減に観念しろ。往生際が悪ぃ奴だな。」



烏田切が持っていた2丁の拳銃は既に押収されているし、手負いの状態では捜査員には敵わない。


それにも関わらず叫んでいる烏田切に、煌は思わず溜め息が出る。



「親子揃って私の邪魔をするな!!!」


「親子?」



烏田切が叫んだ 親子 という言葉に、煌以外の全員がハテナを浮かべる。



「合併の時も、襲名の時も、今回も!お前ら親子が俺の邪魔ばかり……」



「そこまでだ、烏田切!」



叫び続ける烏田切の言葉に割って入ったのは、この場にいる筈がない人物だった。



「か、頭……!」


「緒方!何故ここに!?」



張り込みを解除したので、出入りは自由だが緒方が行動を起こすとは思っていなかった為、志麻も五課も驚きを隠せない。


周りを見ても舎弟達を引き連れてはおらず、緒方は1人のようだ。

「頭が動くなんて珍しいですね。破門でもしに来ましたか?」



緒方を見上げ、烏田切は薄ら笑いを浮かべる。



「破門?お前は組に泥を塗った。ムショの中で自分のしでかしたことを良く考えることだ。だが、出てこれたとしても、お前に戻る場所などもう在りはしないがな。」



「……!!まさか……」



緒方の言葉に、烏田切は目を見開く。



「こんなことをしでかしておいて、破門などなまぬるい。絶縁に決まっているだろう。」



絶縁―――。


それは暴力団組織において、組の掟に違反した者の処分で最も重いものだ。


烏田切の言った破門ならば、刑務所から出てきて癒鼬組に戻ることは出来なくとも緒方が許せば復縁することは可能である。


しかし、絶縁は復縁の可能性さえなく、裏切り者の烙印を押され暴力団の世界では二度と生きてはいけなくなる。



すなわち、烏田切はそれほどの事をしたのだと、緒方は判断したのだ。

「待って下さいっ…!それはいくらなんでもっ……」


「俺の考えは変わらない。」



これまでの態度から一変して狼狽える烏田切にも、緒方は表情を一切変えることなく淡々と答える。



「自業自得だ。まさに策士策に溺れる、だな。」



今までの報いだ、そう皮肉の意味を煌は込める。



「黙れ!私にはまだ切り札がある。」

「あ?」



ニヤリと嫌らしく、烏田切の口は弧を描く。



「貴女の秘密、私は知っているんですよ?貴女の知らない、貴女の出生に隠された秘密をね。」


「烏田切!!!」



烏田切の言葉に、緒方の怒号が響く。


これほどまでに緒方が感情を表したことがないのか、志麻や瀬羅はもちろん、五課も驚いている。



しかし、その中で冷静な人物が1人。

秘密と言われた煌本人だ。



「なるほど。だから、おやっさんは俺や所轄に知らせずに、直接てめえらのところに出向いたってわけか。」



烏田切の言葉に1人納得する。

「烏田切。お前はそもそも、間違ってんだよ。」



こいつの根性どうやったって直らねえな、などと一種の哀れみさえ煌は感じる。



「私が間違っている?私が間違うことなどない。」


「結灰!」



志麻の止める声も聞かず、煌は睨む烏田切にゆっくり近付く。



「間違ってんだよ、何もかもな。俺の秘密だぁ?俺の秘密なら、俺が知らねぇはずねぇだろ。おやっさんもおやっさんだ。言ってくれりゃぁいいのによ。」


「貴女、まさか知って……!」



煌の口振りに、烏田切も緒方もハッとした表情だ。



「さっきの言葉、そっくりそのまま返してやるよ。」



しゃがみこみ目線を合わせる。



「俺が、何も知らないと思っていたのか?」



烏田切の胸ぐらを掴む。



「銀龍なめんじゃねぇよ!!」



先程の緒方に負けないぐらいの声量で、怒りに満ちながら凄む煌。

烏田切は煌の気迫に、放心状態に陥ったのか体の力が抜け、取り押さえていた捜査員に凭れかかっている。

「もう終わったんで、連れていって大丈夫っスよ。」


「あ、ああ……」



今さっきの気迫はどこへやら。


一瞬にして、すっかり普段のトーンに戻った煌が、捜査員を促す。


そんな煌に、捜査員は呆気にとられていた。



「おら、行くぞ。」



捜査員に引きずられる様にして、烏田切は連行されていった。



「先輩。救急隊まだいるっスか?道具もらえれば、病院行く前に自分で応急処置できるっスから。」



何事も無かったようにサラッと言う煌に、志麻は今までの怒りが頂点に達する。



「いるが、してもらえ!まったく無茶しやがって!心臓が止まるかと思ったぞ。」


「「ほんとよ(だ)!」」



珍しく、志麻と瀬羅と隼弥の意見が一致する。



「……そ、そんなに怒るなよ。ってか先輩も血管切れるっスよ。」


「誰のせいだ、誰の!」


「わ、分かったっスから。」



志麻のもっともな返しに、煌はとりあえず落ち着かせようとする。



「救急隊です。応急処置しますから救急車へ。歩けますか?」


「大丈夫っス。」



タイミングを見計らって話し掛けてくれた救急隊と共に救急車へと移動する。

「とりあえずこれで出血の方は大丈夫です。ただ殴られたのが頭なので、後程精密検査受けてくださいね。伺った限りでは、軽いですが脳震盪も起こしていたようなので。」


「分かったっス。」



全身血まみれではあるが、包帯を巻かれているのは頭だけ。

だが、見た目からは分からないのが怖いところ。


あの長い検査を受けるのは面倒だが、どうせ周りが強制的に連れていくだろうから仕方がない。

と、周りの心配を分かっているんだかいないんだか、いまいち的を得ない煌の思考回路である。



「蘇芽の方は、どうっスか?」



先に搬送された蘇芽の状態が気がかりだった。



「手術してみないことにはなんとも……。ただ、弾は貫通していましたし、急所も外れていましたから命に関わるようなことはないと思います。」


「そうっスか。」



救急隊の言葉に、ひとまず安堵する。

暖かな虹色の風を運ぶのは透明な風車

「煌!!」


「「姐さん!!」」



処置が終わって救急車から離れた時聞こえてきたのは、ひどく懐かしいような気がした。



「兄貴!それに紅葉に梓凪も。」


「私が連絡したの。」



煌が治療している間に、瀬羅が工場にいる捜査員に連絡していた。


事件解決を聞いた秋達は、すぐさま煌達のいる倉庫へ来たのだ。



「お父さん!!」


「春貴!!!」



女性警察官と共に安全な後ろへ下がっていた春貴が、秋の姿を見つけ駆け寄る。

春貴の声に秋も声をあげ、2人は抱き合った。



「「良かったっス~!!」」



その光景を見て、紅葉と梓凪も安堵と感動で涙目だ。


煌に話しかけようと振り向いた2人は、春貴に目がいって気が付かなかった煌の体に違和感を感じる。



「って姐さん、怪我増えてないっスか?」


「なんか厳重になってる気がする。」



「大したことねぇよ。」



怪我のことに気付かれ、心配かけたくはなかったが、嘘も付きたくなかったので一言で済ます。

「大したことって…、怪我してんじゃねーか!」


「煌姉ちゃんは僕を守ってくれたんだよ!凄くカッコ良かったよ!」


「おー。ありがとな。」



秋の言葉をスルーし、春貴の言葉に答える。



「無視すんじゃねーよ!」



「煩い。もう少しボリューム下げろよ。頭に響く。」



「心配してる人に向かって煩いとはなんだ!」



秋は吠えるが煌は迷惑そうだ。



「感動の再会ってか?ありきたり過ぎて泣けねぇな。堕ちた不死鳥には笑えるけどなぁ。」


「ドラマの方がまだましだっつーの。」

「不死鳥にはお似合いじゃない?」



「獅子王!!」



動き回る捜査員の間から、突然現れたのは桐也達だった。



「もう一辺言ってみろよ!」


「ただじゃおかない。」



「はぁ?なんーでーすーかー?」


「声ちっさ過ぎて聞こえないんですけどぉ?」



紅葉と梓凪、冬架と胡桃の間には、見えぬ火花が散っていた。

「規制ぐらいしとけよ、隼弥。」


「俺?!」



桐也達を視界に入れ面倒くさい表情の煌は、理不尽極まりない台詞を隼弥に言う。

まぁ、ずっと煌のそばにいた隼弥が無理なことぐらいは分かりきっているので、本気で言っている訳ではない。



「む、結灰さん……あの4…いや、6人、止めてくれない?」



秋と桐也までも加わりそうな雰囲気に、自分では押さえられないと瀬羅は煌に助けを求める。



「やるなら向こうで勝手にやれ。ガキの喧嘩に付き合ってるほど俺達は暇じゃねーんだよ。」


「が、ガキってな…お前……」


「春貴。大丈夫だとは思うが、俺と一緒に検査な。お前よりガキな連中は置いていっていいだろ?」


「うん。煌姉ちゃんと一緒に行く。」



「は、春貴~」



春貴にまで見放されてしまった秋は、なんとも情けない声と表情だ。



20歳で亡くなってしまった夏渚。

当時まだ1歳だった春貴も頼もしくなったものだ、と煌は感慨深くなる。


今年で31歳にもなろうとする秋とは雲泥の差である。

「解決したみてぇだな。良かったじゃねぇか。」



煌の言葉に少しムカついたが、おかげで場が和んだので、チャンスとばかりに煌に話し掛けた。



「あぁ。お前らの情報も一役買ってんだ。助かった、ありがとな。」



「!べ、別にお前の為じゃねぇよ。」



怪我をしている煌に皮肉を込めて言ったつもりが、滅多に見れない煌の笑顔と共に礼を言われて、柄にもなく桐也は照れて焦る。



「お宅の獅子王、ツンデレだったか?」


「知るか!」


「デレてる桐也さんもカッコいい。」



「「「(恋は盲目……。)」」」



桐也を見ながらうっとりする胡桃に、紅葉と梓凪と冬架の心の中の声が、誰かさんの代名詞と一致した。

中学の同級生で、22歳となった現在も付き合いのある3人だが、いまだに胡桃の好みは理解出来ない。

銀色の龍は愛情の証

「ところで、なんで緒方がいんの?」



帰るタイミングを逃したのか、緒方はいまだに現場にいた。


倉庫入口近くでこちらをジッと見ている。



「分かんない。そもそも緒方がここに来る理由が分からないわ。今回の事件の首謀者は烏田切みたいだし。」



穏健派とはいえ聞こえていたら怖いので、尋ねた隼弥も答えた瀬羅も小声だ。



「………。」



2人の会話が聞こえてきて思うことがあるのか、煌は複雑な表情だ。



「結灰。烏田切が親子とか言ってたが、あれは…っておい!」



話かけた志麻を無視し、煌は緒方に近付く。



「あんた一体何がしたいんだよ。烏田切やおやっさんが知ってたってことは、調べたんだろ?何で言わない?」



「………。」



緒方は煌の言葉にも無言で、気まずそうに目を反らしたままだ。

「志麻さん、倉庫内にある荷物から覚醒剤が出ました。形状から見て倉庫内の荷物全てだと思われます。」


「よし。証拠が出たな。これで覚せい剤取締法違反も加えれるな。緒方龍臣、お前も署まで来てもらうぞ。」


「俺は何も知りませんよ。」


「しらばっくれるなよ。組のトップであるお前が知らない筈はないだろ。」



白を切ろうとしてもそうはいかない、と志麻。



「知らないと思うっスよ。」


「はぁ?何でお前が答えるんだよ。」



煌の言葉に緒方は驚き、志麻は疑問を投げ掛ける。



「薬なんてやらないっスよ。そんな器用な性格じゃないっスから。」


「知ったような口を……って、お前何か知ってるよな。」



「猿組を動かしてた烏田切も、使いっぱしりだった蘇芽も、元渋鷺組っス。初めから癒鼬組にいたこの人は、関係ないんじゃないっスか?」


「いや、そうじゃねぇよ。」


「じゃあ何なんスか?」



知っている、という視点が志麻とずれていたらしい煌は意味が分からず首を傾げる。

「お前と緒方の関係だ!烏田切が妙なこと口走ってたからな。」


「あぁ、その事っスか?俺はいいんスけど、あっちは言いたくないみたいっスよ。」



重要なことのように志麻は感じるが、煌の方は何でもないような言い方だ。



「……何故知っている?」



口を開いた緒方の第一声は、先程からの疑問だった。



「お袋からだよ。」


「螢から……?」



結灰螢(ムカイ ホタル)、煌の母親の名前だ。


今から15年前、煌が12歳の時に35歳で亡くなっている。

未婚の母で、亡くなった後、親戚もおらず施設に預けられた煌のたった1人の肉親。

と、煌は周りに説明していた。


志麻もそう聞いていたので、烏田切が言った言葉の真実を話せ、と煌に言ったのである。



「敵対勢力である渋鷺組との抗争を治めるために、あんたに一目惚れした娘さんと無理矢理結婚したってな。」



「螢がそんなことを?だがあいつは、自分から俺の前から消えたんだ……そんなはずは……」



確かに、緒方が無理矢理、組長の娘と結婚したのは事実だった。

27年前、癒鼬組と渋鷺組の抗争が一層激しさを増していた。



当時若干28歳で若頭だった緒方を頭に譲り、18歳にして組の中核にいた烏田切を参謀にする。

これ以上大事にならないうちに治めるには、そうするしかない。


そう思った癒鼬組の組長は、緒方に惚の字だった渋鷺組組長の娘との縁談を持ちかけたのだ。



緒方には、結婚の約束までしていた心底惚れてる女がいるとも知らずに。



「噂を聞いたんだと。あんたの性格上、組は捨てれないと思った。だから、自分から身を引くことにしたんだと。腹の中に俺がいることも告げずにな。」



足枷にならないように、
自分と同じぐらい大切な組の為に、
私にはこの子がいるわ


螢の秘めたる想いは、緒方が知らぬまま煌に受け継がれていた。



「縁談の話が持ち上がってから、螢の様子がおかしかった。だが、何も言わなかった。何も言わずに消えた。ありがとうさようなら、とだけ書かれた紙切れ一枚置いて。だから俺は捨てられたと思って……」


「自暴自棄になって、結婚したと。そういうことか。」



想像すらしていなかった真実に、志麻達は声すら出ない。

「だったらなんで嗅ぎ回った?捨てられたと思ったんなら、そんなこと普通しねぇだろうが。」



至極もっともな疑問だった。


恨んで報復なら分かるが、螢は転移性の病死だ。



「女房に言われちまったんだ。《貴方の中には私ではない誰かがいる。私はその隙間にさえ入れていない。》ってな。」



さすがは、組長の娘なだけはあった。

緒方の中に、自分はいないと見抜いていたようだ。



「政略結婚でもそばにいられて良かったと、死に際に言われたよ。」



渋鷺組の組の娘は、結婚して10年後持病の病で亡くなっている。


持病が悪化する前に、結婚式をさせてあげたいと、2つの組の組長に願われた結果の事でもあった。



「《私がいなくなったら貴方の好きにして。縛られなくていいわ。覚えていてくれるだけで十分よ。》そんな女房の言葉が耳に貼り付いちまってな。」



愛した女と愛せなかった女。

どちらにも願われたのは、己の幸せ。


全く別の2人の女がした諦めにも似た優しい表情を、緒方は忘れることが出来なかった。



「よりを戻そうなどとは考えていなかったが、遠くでいいから見守りたくってな。烏田切に調べさせた。」

「烏田切の情報網をもってしても、容易じゃなかった。意図的に消えたなら尚更な。見つけだせた時にはもう螢はこの世にはいなかった。だが、お前がいると分かった。あの時、身籠っていると分かってたら、俺は……」



自責の念に駆られ、悔しそうに悲しそうに緒方は語る。


志麻をはじめとした捜査員も秋をはじめとした仲間も、いまだに何も言えずにいた。



「言い出さなかったのは、俺が警察官だからか?」


「ああ。不良のままだったら誘おうと思っていた。伝説の不良銀龍の名で知られていたからな。だが、お前は警察官の道を選んだ。だから止めたんだ。」



「はぁ……。何もかも知り尽くしてたらしいな。思い通りも、ここまでくると気味が悪ぃな。ったく、いい迷惑だ。」



迷惑だと言うわりには、煌はとても優しい表情をしている。



「俺が警察官になったのは、あんたの為っていうのが大きいな。」


「俺の?」



暴力団の自分と敵対するはずの警察官になることが、何故自分の為なのか。

緒方には理解出来なかった。

「それが、お袋の夢だからだよ。」


「夢?」



不良で有名になると約束した。

その為に、言葉使いもそれっぽくして、武術もたしなんだ。


ささやかでも幸せな生活をおくっている未来図を描いた。

その為に、笑顔でいることをたくさん増やした。


不良で警察官になるという夢を語った。

その為に、今も続けている。



「なんでそんな事を……」



「自分の子供によくそんなこと言えるなって、俺だって最初は理解できなかった。だけど…幸せそうに笑ってたんだ。」



不良になったら近付きやすいでしょ。

幸せに暮らしてたら安心するでしょ。

警察官になったら頼もしいでしょ。


表と裏でなら変えれるかもしれないでしょ。

優しくてあたたかな世の中に。



「警察官になったら言い出さねぇかもしれねぇから、巡回と称して会いに行って。とも言ってたな。」



螢の真意を知った緒方は言葉を失う。



「俺はまぁ気にしねぇから言っても良かったんだが、お袋は無理に言わなくていいって言ってたしな。」



まぁ一課に配属されちまったから、巡回は無理だったけどな、と煌は苦笑いだ。

「その様子じゃ、なんで俺が銀龍って名乗ってたか知らねぇよな。」


「髪の一部を銀色に染め、それが龍の様に見えるから。そうじゃないのか?」



緒方が知っていた理由も、やはり隼弥達と同じだった。



「それは、表向きの話。銀龍はお袋が付けた名だ。」


「螢が?何故………」



煌の口から語られる言葉に、緒方は次々と疑問が湧く。



「俺の煌はきらめくとも読み、お袋の螢は淡い光を放つ昆虫の蛍の意味。名字の灰と合わせて灰色が輝いた色、つまり銀色。龍は……、言わなくても分かるよな?あんたの名前、龍臣からだ。」



銀龍にそんな意味があることも、螢が関わっていることも、緒方は考えもしなかった。



「まぁ、煌は、生まれた時の俺の顔がきらめいていたからで、銀龍はその後、あんたとの関係をどうするか考えていて思い付いたらしいけど。」



あんたのせいで、極道好きになっちまったらしい。

ほんとどうしょうもない母親だ。

などと、煌は呆れた口調だ。

「それと、確かこうも言ってたな。」



緒方の緒は、命・糸の意味を持つの。

私の結灰の結は、結ぶでしょ。


龍臣さんと私で、命を結んで煌が生まれたのよ。



幾度となく聞かされた、両親のなれ初め話。

その度に、母が恋する少女そのものに煌は見えた。



「お袋はあんたを死んだ今も愛してる。俺はそんなお袋を誇りに思ってる。」



人を愛するというのは、こういうことなんだ。

煌はそう感じた。


緒方のことを父親として認めることが出来たのも、今こうやって落ち着いていられるのも、全て母親のおかげだと煌は思う。




「あんたが誰だろうが、後悔してようが、何しようが関係ねぇが、俺が生きることだけは邪魔すんじゃねぇよ。」



煌の言葉に、緒方は顔をあげる。


してやったり。

まるで悪戯っ子の様な笑みの煌。


生まれてきたことは、間違いじゃない。

生まれてきてよかった。


そう物語っているように緒方には見え、初めて表情を緩めることが出来たのである。