経過報告

署に戻った煌達は、捜査に出ていた他の捜査員と調べた内容を報告し合う。



「被害者の足取りですが、昨日の昼頃、女と言い争っていたとの目撃証言がありました。」


「女?」




その話を聞き、隼弥はすぐにその女が煌の事だと気付く。

煌を見ると大丈夫だと言うように軽く頷いた。




「あ~その女、俺っス。」



「は?お前、害者と会っていたのか?!何で早く言わないんだ?!」



「…って言われても、俺病院行ってたし、帰ってきたら誰も居なかったしで、タイミングが無かっただけっス。」



「(開き直りかっ…)まぁいい。で、何を話したんだ?」



「何って、他愛ない話、世間話っスよ。」



「でも、言い争ってってたんだろう?」



「それはおやっさんが……俺の個人的な事っスから。事件には全く関係ないっス。それより、その後の足取りは分かったんスか?」




一人称を直せとか彼氏とか、本当に事件には全く関係のない事柄だったので、煌は先を促す。

「その後の足取りはまだ掴めていません。ただ、殺害される数日前に癒鼬組に出入りしていたとの情報が五課からありました。」



「癒鼬組!?何でそんな所に…結灰、何か知ってるか?」



「……いや、何も思い当たらないっスね…現役の頃だって関わりなかったはずっスし…」



煌は考えた後、少し歯切れ悪く答える。




癒鼬組(ユイタチグミ)といえば、この辺りの暴力団の中では代々仁義を重んじる穏健派として有名である。


今は組長で当時若頭だった御方龍臣(オガタ タツオミ)が、20数年前に敵対していた強硬派の渋鷺組(シブサギグミ)の組長の娘と結婚してからは目立った抗争はない。


その当時、2大勢力とされていた癒鼬組と渋鷺組の、実質渋鷺組が癒鼬組に吸収されるという形の結婚だった為、関係者の間では政略結婚だったのではないか、と噂があったほどである。


まぁ、実際のところ渋鷺組の組長の娘の一目惚れがキッカケだったらしいのだが…




「思い当たらなくても、向こうは何か知ってるかもしれない。明日聞き込みだな。」



大物の名前があがったことで、何か進展するかもしれないと志麻は期待をこめる。

「それと覚醒剤についてですが、五課の調べによると最近中国系マフィアの動きが活発化していて、今朝逮捕した連中が関わっているとの噂があり関連性を調査中との事です。」




「おいおい…今朝の押収品にはシャブだけじゃなく麻薬や拳銃まであったんだぞ。これは、背後に大きな組織があるな。」




「はい、それで五課も躍起になっているのですが、なかなか口を割らないようです。」



「そうか…。だが、五課なら頑張ってくれるだろうから任せるとしよう。」




いくら殺人事件の捜査が優先とはいえ、あまり首を突っ込み過ぎるのは良くない。

ここは専門分野に任せた方が良いと判断した。




「あと、現場に居た獅子王こと橙将桐也に話を聞きに行ったのですが…」


「何かあったのか?」



煌をチラ見しながら言いにくそうな捜査員に、志麻は喧嘩か何かあったのかと眉をひそめながら聞く。



「何かあった、というかですね……橙将が結灰じゃないと何も話さないと突っぱねまして……」



「ちっ、あいつ…」



桐也の警察を小馬鹿にした態度が目に浮かび、煌は思わず舌打ちをする。

「はぁ~今朝もそうだが、やけに絡まれてるな」



「あっちが勝手に突っかかってくるだけっスよ。」




これまでの出来事を思い出したのか、煌は鬱陶しそうに答える。




「…まぁ、過去に何があろうと今は関係ないからな。橙将が話すって言ってんだ。結灰、頼むぞ。」



「了解っス。」




あからさまな問題児をどう処理しようかと悩んでいたが、扱い慣れているであろう結灰、しかも本人ご指名なのでホッと胸を撫で下ろした志麻。





過去を蔑むのではなく、理解し受け入れ、しかも活用する

適材適所のチームプレー





ただ、細かい指示を聞かない捜査員(主に隼弥)が多いので、采配を振る志麻の気苦労は常に絶えないのが玉に瑕である…。





「今のところはこれくらいか。では、各自明日も引き続き捜査を頼む。解散!」



「「「了解!!!」」」





志麻の言葉に捜査員達は明日に向けて準備やら休養やらにはいる。


煌も明日、今朝の様に体力の使うはめになりかねない桐也に会うことになったので、早く帰って休もうと部屋を出る。

と、廊下には壁を背にしてしゃがみ込んだ隼弥がいた。



「何やってんだ、お前?」



「お、やっと出てきた~いつも思うけど、捜査会議つーのは長いな。」



「いや、今回のは短い方だ。普通はもっと長いから。」




いつもってなんだ…お前は捜査会議出ないだろ、と突っ込みたくなるのを疲れてるので抑えて訂正だけする。



「だから、何でお前がここに居るんだよ?」


「……あ~飯食いに行こうと思ってさ。ほら、昼飯ろくに食ってないだろ?」



「そりゃ朝から事件で、食べたのお前が病院で買ってきたおにぎりだけだけど…」



「じゃあ決まり!何が食いたい?」



「体力のつくもんだな。(桐也と会うと疲れるからな…)」


「OK、行こうぜ!」



鑑識の仕事に戻ったはずの隼弥が一課の部屋の前に居た理由を聞けないまま署を出た煌だったが、お腹も空いていたし、隼弥のことだからサボったのだろうと自己完結した。

因みに理由だが、煌の出した答えは半分当たって半分外れていた。



一応隼弥は鑑識に戻り上司に怒られながらも仕事をしていたのだが、別れた煌のことが気になり上の空だった様で、呆れた上司にもういいと追い出されてしまったのだ。


ここで普通は落ち込むか何かするのだろうが、隼弥はこれ幸いにと煌の所に出向いたのだ。




全く公務員なのに給料泥棒もいいところ…と総突っ込みされそうな隼弥ではあるが、煌が絡まない時はそれほどサボりはしない。


恋は盲目とよくいったものである。






…………いや、違う。サボることは、それほど、でも駄目だということをここに明記しておこう。

極めて黒に近い灰色

次の日、志麻と瀬羅は木造平屋建て、所謂日本家屋と呼ばれる建物の前にいた。


大きい門の横にある表札には、癒鼬組と達筆に書かれている。


そう、昨日の捜査会議で話に出た御方龍臣に話を聞きに来たのである。




「凄いですね…」


「穏健派とはいえ、規模がでかいからな。」




見事な造りの建物に圧巻されていると、2人の声が聞こえたのか中から茶髪の若い男が出てきた。




「なんか用ですか?」


「あぁ、御方龍臣は居るか?」


「…頭ですか?ちょっと待って下さい。」



警察手帳を見せながら所在を尋ねると、男は露骨に嫌な顔をしたがそう言い残し中に入っていった。


しかし、流石は穏健派で名が通っているだけはあり物腰は丁寧である。



「居るでしょうか?」


「居てもお目通り叶えばいいんだけどな。」




5分ほどして、さっきの男が戻って来た。



「どうぞ、頭のところへ案内します。」




御方は居たようで、男について行く。


いくら穏健派でも暴力団は暴力団、警察としてなめられる訳にいかないので、歩きながら瀬羅に目配せしお互いに気を引き締める。

「お連れしました。」



案内された客間と思われる部屋の開けられた襖の先に居たのは、捜査資料にあった写真で見た御方龍臣その人。


その隣には元渋鷺組の構成員で今は癒鼬組の若頭兼参謀、烏田切芹檜(オダギリ セリヒ)が控えていた。


いかにも暴力団という強面の御方と眼鏡をかけインテリな雰囲気の烏田切との、なんともミスマッチな光景である。




「ノブもう下がっていいですよ。どうぞ、お掛け下さい。」



「はい、失礼します。」



ノブと呼ばれた男、蘇芽宣彦(ソガ ノブヒコ)は一礼して行ってしまった。


到底暴力団とは思えないほど柔らかな口調で烏田切は2人に席を勧める。



「捜査一課の志麻だ。」


「同じく瀬羅です。」




「わざわざ一課の刑事さんが俺に一体何の用で?」



「扇崎吉信という男を知っていますね?」


「扇崎…?」


「昨日、河川敷で何者かに殺害されました。数日前、ここに出入りしていたとの情報がありましてその件でお話を伺いに。」

「頭、もしかして一週間ほど前に訪ねていらした男性の方では?」



「あぁ…あの男か。」



思い当たる節があった烏田切が問いかけると、御方は思い出したようである。




「やはり面識はおありでしたか。」



「えぇ。でも用件は他愛ないことでしたよ。」



「どのような?差し支えなければですが。」



烏田切は言葉を濁すが、すかさず瀬羅が切り込む。




「本当に他愛ないことですよ。うちの者が薬に手を出し、そして売り捌いているとか。しかし私達どもはその様な物には無縁です。ねぇ、頭?」



「あぁ、その通りだ。それにあなた方はもうご存じかもしれないが、我々の資金源はこの烏田切に仕切らせている企業からであり、その扇崎という男が言ったことは根も葉もない噂に過ぎない。うちには全く関係のない話だ。」

「本当にそうなのかねぇ?そう言ってて事実は違うってことがよくあるからなぁ~。火の無い所には煙は立たぬってよく言いますでしょう?」



自分達から薬の話題を出すとは、本当に関係ないのかそれとも隠し通す自信があるのか…


志麻が真意を探る様に問いかけるが、それを意に介さず烏田切は笑みを浮かべながら答える。




「ふふふっ…警察のお方は疑り深いですね。ですが、そんな事実はありませんよ。扇崎様にもそうご説明してお帰りいただきましたから。」




「そう…ですか。そりゃ失礼しました。」



「いえいえ、警察は疑うのも仕事でしょうから気にしていませんので。」




烏田切の態度にこれ以上は水掛け論になって聞き出すのは無理と判断し、次の質問にうつる。



「もう一点、一昨日の午後11時から昨日の午前3時までどこにいらっしゃいましたか?」



「その日は雑務が立て込んで疲れていたから早くに休んでいた。」



「私は部屋で会社の資料整理をしていましたね。」

「ありがとうございます。今日はこれで失礼させていただきますが、またお話をお伺いすることもあるかと思いますのでその時はご協力お願いします。」




「分かりました。」



烏田切は蘇芽を呼ぶと2人を玄関まで送らせた。

一応蘇芽にも話を聞いたが御方や烏田切と似たようなものだった。




「なんか上手いことかわされましたね。」



「あぁ、特に烏田切は食えねぇ奴だな。さすが参謀といったところか。まぁ、真っ正面から行っても無理なことは重々承知だ。張り込みつけるから、それで尻尾が掴めればいいけどな。」


「そうですね。」




署に戻る途中の車中では、瀬羅の落胆と志麻の希望が入り交じっていた。


話は聞けたものの結局3人ともアリバイがなく、かといって証拠もない。


今あるのは、癒鼬組、特に掴みどころが無かった烏田切が怪しいと警告を鳴らす刑事の勘というやつだけだった。

黒は時として白に変わる、その逆もまた然り

志麻と瀬羅が癒鼬組に赴いている頃、煌と隼弥は桐也達が根城にしている廃ビルにいた。



隼弥が一緒にいるのは言うまでもなく、煌が心配でついてきたからだ。


煌は断ってもどうせ無理矢理ついてくるのだからと隼弥の申し出を受けた。





「(このご時世に廃ビルって…取り壊せよ…)まじで、こんなところにいるの?」



「前に自分から言ってきたから場所は知ってた。まぁ来たのは初めてだけどな。行くぞ。」



錆びれたビルに足を踏み入れると、見知った金髪が古びた椅子に座っているのが見えた。


桐也は煌の姿を確認するとニヤリと笑みを浮かべ、そしてほんの一瞬隼弥を睨んだ。




「よう、お巡りさん。俺に何か用か?」



「俺を呼んだのはお前の方だろ?どういうつもりだ?」



「んだよ、善良な一般市民が協力してやろうって言ってんだよ?素直に教えて下さい桐也様って言ったらどうだ、煌?」



「ふざけるのもいい加減にしろよ。お前の相手をしてる暇はない。言う気が無いなら帰る。」




桐也のふざけた態度にイラッっとしたが、時間を無駄にする訳にいかないので帰ろうとする。

「おいおい、まじで帰ろうとすんなよ。冗談の通じない奴だな…。」




「俺は冗談を聞きにきた訳じゃねぇよ。」



「分かった、分かった!話す話す。」




軽い冗談のつもりが煌は真に受けて本当に帰ろうとしたので、桐也は降参とばかりに両手をあげた。




「(ったく…せっかく冬架と胡桃が居ない時に来たから話せると思ったのによ、しかも男連れだし)」




「おい、黙ってないで話すならさっさと話せ。」



「わーったよ。」




桐也が煌とまともに会話出来なかった事と隼弥が一緒に居た事で落ち込んでいる…、なんてつゆも知らない煌は早くしろとばかりに先を促す。



「最初に聞いておくけど、一昨日の午後11時から昨日の午前3時までどこにいた?」




「俺は一晩中ゲーセンにいたぜ。冬架と胡桃は知らねぇけどな。」



「あの2人と一緒じゃねぇのかよ?」



「あ゛ぁ?」



「(えー…)」



それまで黙って話を聞いていた隼弥が疑問を口にした途端、桐也は凄い形相で睨む。


その変わりように隼弥は内心苦笑い。

煌はそんな桐也の態度を気にすることもなく答えた。


「そういえば、喧嘩の時以外で一緒にいるところ見たことねぇかもな。」



「仲良しごっこしてんじゃねぇんだよ。あいつらに個人的な興味はねぇ。俺が興味があるのは最初からお前だけだ。」




「それは俺が銀龍だからだろ。そんなことより話は?」




「………。力が強くなるとか痩せれるとか、んな菓子があるんだとよ。怪しくね?」




「!菓子か…。確かに怪しいな。話の出所は分かんのか?」



強くなる、痩せる、菓子、で一つ思い当たる物が煌にはあった。



「出所もなにも、冬架と胡桃が言ってたんだよ。俺も勧められたけど、俺はんなもんに頼んなくても強ぇからな。」



「で、冬架と胡桃は今何処にいるんだ?」



「さぁ、知らねぇ。普段何処にいるかなんて聞いたこともねぇしな。」



「ならいい、こっちで探す。邪魔したな。」

当の本人達がいないなら、もう用は無いとばかりに踵を返す煌に桐也は待ったをかける。




「ちょっと待て。ケー番教えろ。あいつらに会ったら電話してやるから。」



「(ちっ…)仕方がねぇ。」



本当は絡んでくるだけの桐也に教えたくは無かったが、事件解決の為と渋々教え、今度こそ煌と隼弥は廃ビルを後にした。




煌と隼弥の姿が見えなくなると、桐也はため息をつきながらしゃがみ込む。



「ちくしょーなんで煌一人じゃねぇんだよぉ…」


そう、先程の会話を聞いてお分かりだろう。

桐也は煌のことが好きだ。

昔から戦隊ものなど強いものが好きで、煌の喧嘩を見た桐也は一目惚れしたのだ。



同じく煌に一目惚れした隼弥は、自分とは違いストレートな態度の桐也の気持ちに気付いていた。

ただ、昨日の車中の会話でもうお気付きだろう。

煌は恋愛感情について鈍い。



売られた喧嘩を買うだけの日々、扇崎や夏渚達と出会って他人から向けられる感情が柔らかいものになったが、そこに恋愛感情というものは無かったからだ。



だから、桐也がストレートとはいえ態度にしか表れてなかったので煌は気付かなかった。



隼弥みたいに、言葉に出して言われれば、いくら煌でも気付いたのだが。



からかうことでしか会話が出来なかった隼弥
喧嘩腰でしか接点の持てなかった桐也

似た者同士の2人であった。





しかし!
煌と話したかったから呼び出したのに結局上手くいかなかったと、落ち込んでいる桐也にも嬉しい事が1つだけあった。


煌の携帯番号を知ることが出来たからである。



これは一歩前進したなと、一人にやける桐也が居たとか居なかったとか……

「なぁ、橙将が言ってた菓子ってもしかして…」


「十中八九、覚醒剤だろうな。」



「やっぱり…って事は冬架と胡桃は常習者か。」


「おそらくな。」



署に戻る車中、煌が思い当たった事柄に隼弥も行き着いたらしい。



「まぁ、本人達がいねぇんじゃどうしようもねぇしな。桐也んとこに来る可能性が一番高いけど、先輩に報告したら溜まり場回ってみるか。」



「おう。それに、志麻さんと瀬羅ちゃんも癒鼬組から戻ってる頃だろうし、向こうも何か掴めてると良いな。」



「……あぁ、そうだな。」




癒鼬組、という言葉に煌が一瞬反応した事に疑問符を浮かべるが、伝説の不良とはいえ、煌の性格上一般人にまで手を出しかねない暴力団に良いイメージなんて持たないだろう、と解釈し隼弥はあえて聞かなかった。

「結灰、一つ聞いていいか?」


「なんだ?」



隼弥は、気になっていることを思い切って聞いてみた。



「結灰はさ…、橙将のことどう思ってる?」



隼弥は、好きとは言ったが嫌いじゃないと返されただけで好きと言われた訳ではない。


自分より長い付き合いの2人の関係性が気になったのだ。


「桐也…?やってないと思うぞ。自分でも言ってたが、桐也の性格上自分の腕以外は信じねぇ質だからな。」



「い、いやそうじゃなくて…」


「あ?」



隼弥は忘れていた、煌が鈍いということに。

なので、隼弥はストレートに言葉にする。




「れ、恋愛対象として、どう思ってるかだよ…。」




「………はぁ?!」




煌は思いもよらない隼弥の言葉に、素っ頓狂な声をあげる。

「桐也は俺を見つけては突っかかってくるような奴だぞ?んな奴、恋愛対象な訳ねぇだろ。だいたい、桐也は俺の事嫌いだろ。会う度に喧嘩ふっかけてくんだからな。というかなんでそんなこと聞く?」




「あ、いや、ほら、話し方がなんだか親しげだったからさ。」



「あぁ話すのは桐也が一人でいる時だけだ。冬架や胡桃、他の不良がいる前では威厳保とうとしてあんな話し方はしない。まぁ俺に対してはその必要が無いからだと思うけど。」



「何でだよ?」



「喧嘩売られる度に勝負してたけど、桐也は一度も俺に勝ってねぇからな。それに、俺が警察に入ってからは売られても放棄してたおかげか、今じゃ桐也一人の時はさっきみたいに普通に会話が出来るようになった。疲れなくて済むし良い傾向だ。」


「な、なるほど…。」





今回、煌の側にいて色々分かった事があるけど、隼弥は一つだけ肝に銘じた。





煌には、態度で示すより言葉で伝えなければいけない、ということを。

煌と隼弥が署に戻ると志麻と瀬羅はもう戻っていて、部屋には美味しそうな匂いが漂っている。



「おっ、戻ったか。出前とったからお前らも食べろ。昼飯食べてないだろ?」



「まじですか!?じゃお言葉に甘えて、いただきまーす!」



「昼飯っていうより時間的にはおやつっスけど。でも有り難く貰うっス。」




両者とも話を聞くのと裏を取るのに思いの外時間を要した様で、時計の針は3時を指していた。



メニューはカレー。

ご飯とルーが別々に保温容器に入れられていて、出来立てみたいに食べられる嬉しい仕様である。



因みに余談を言うと、志麻はラーメンが食べたかった。

だが、捜査員の帰ってくる時間がバラバラでその度に持ってきて貰うのは迷惑になるし、置いておくのは麺がのびて美味しくない。

と、瀬羅に却下され、時間が経っても大丈夫なカレーに決まったのである。



こんなところでも、意見はあまり聞き入れてもらえない志麻であった。

「それで瀬羅ちゃん、癒鼬組どうだった?」



余程お腹が空いていたのか、ものの十分で食べ終わった隼弥が瀬羅に尋ねる。


因みに、煌は2/3程食べ終わったところである。




「う~ん。これといって収穫は…。組長の御方は頑固っていうか融通が利かないって感じで、烏田切の方は胡散臭い詐欺師みたいだったわ。」




「参謀と言われてるだけはあるぞ。自分からシャブのこと口にしゃがった。まぁすぐに否定したけどな。」



「うわ~ちょー怪しいじゃん。でも、今のところ証拠はない感じ?」



「うん。張り込みで何か掴めればいいんだけど。」





緒方・烏田切・蘇芽の3人のアリバイは自宅にいた為聞き込みをしても成果がなかった。


桐也はゲーセンの防犯カメラに映っていたので一応容疑者からは外れた。

「んで、そっちはどうなんだ?橙将何か話したか?」



「力が強くなったり、痩せれる菓子があるって勧められたと言ってたっス。」



「それってまさか…」


「シャブだな。お決まりの謳い文句だ。」




食べ終わった煌が話した内容に、志麻と瀬羅は先程の煌と同じ結論を出した。





今や覚醒剤は学生や主婦にまで広がっていて、決して遠い存在ではない。



覚醒剤などの薬物は依存性が強く止める事が大変難しい為に、それ欲しさに借金してまでお金をつぎ込む人さえいる。



暴力団やマフィアはそこにつけ込み、密売や売人をやって自分達の活動の資金源にしたりする。


烏田切が否定したのはこの事で、自分達は真っ当な商売をやって資金源を稼いでいると言ったのである。




覚醒剤は違法薬物として知れ渡っている為、警戒されないよう分からない様にお菓子などに混ぜ、強くなるだの痩せるだの、上手いこと興味をひくことを言って堕としていく。



なので、諸君も上手い話には裏があることを覚えておいて欲しい。

「誰から勧められたとか分かった?」



「出所は冬架と胡桃だ。一緒にいなかったから、桐也に一応番号教えてきた。だから2人に会ったら連絡が…」



ピリリリリ――――……



話の途中、都合よく煌の携帯が鳴ったと思ったら、タイミングを合わせたかの様に着信は桐也からだった。




「あぁ…、あぁ……あぁ分かった。そっちへ行く。」



「なんだって?」



「今2人が桐也のとこにいるみたいなんで行って来るっス。」



「あぁ、頼む。こっちは五課と癒鼬組について更に詳しく洗ってみる。」



「了解っス。」


「じゃあ俺、車回してくるから。」


「ああ。」



「すっかり運転手が板についてますね。」


「板についてもらっちゃあ困るんだがなぁ…」


2人が出ていった後、瀬羅は2人の関係を微笑ましく思うが、志麻は悩みの種が変な方向に行っているので結局頭を抱えていた。

煌と隼弥が先程来た廃ビルに入ると、連絡通り桐也達が居たものの冬架と胡桃は見るからにイラついており、特に冬架は殺気だっている。



「お前ら、一昨日の午後11時から昨日の午前3時までどこにいた?後、強くなる菓子って知ってんだろ?どこで手に入れた?詳しい話聞かせろ。」



「はぁ?桐也さんが言うから待ってやったのに、それが人にモノを頼む態度かよ!」


「ほんと、何様ってカンジ~」



「…………。言わねぇなら、俺への傷害でしょっぴくだけだ。」



心底面倒そうに言う煌に、そういえば橙将達と話すと疲れるって言ってたなーと隼弥は思う。


「(あーもー!!)お前ら!さっさと話して済ませろ。」



「き、桐也さんがそう言うなら…」




内心煌に協力したい桐也に促され、胡桃と冬架は渋々話し出した。

「その時間なら胡桃とカラオケでオール。それに菓子つーか飴だし。」


「でもその飴、ちょーマズかったからすぐ捨てちゃった。ってゆーか、詳しくって言われても貰っただけだし~。」



「どこで?誰にだ?」



「白雪っていうクラブだよ。」



「そこのオリジナルの飴で、確かスノウ?そんな名前。店員がみんなに配ってた、初回無料のお試しーって。」


「でもさ、マジィのに何回も買ってた奴多かったな。」


「だよねー。よく食べれるよね。いくらなんでもあの味は無理!」



効果を謳い、不味いにも関わらず購入者があとを絶たない……

煌と隼弥は2人の話を聞いて、その飴が覚醒剤だと確信した。


「お前らその飴食ったの、最初の一回だけなんだな?」


「当たり前じゃん。」


「あんなの二度と食べたくないし!」



「そんなマズかったのか?俺も味見しときゃよかったかな?」


「食わなくて正解っスよ、桐也さん。」


「そうそう。桐也さんは美味しくってカッコいいものが似合うんだから。」


「そ、そうか……?」


カッコいいは分かるが美味しいものが似合うと言われて喜んでいいのか桐也には分からなかった。

「その飴、今も配ってんのか?」



「もうねぇよ。つーか昨日、サツがうじゃうじゃいたぜ?知らねぇの?」



「昨日?……!!あれだ!結灰、五課の!」


「あぁ、ガサ入れだな。」



押収物の中に覚醒剤もあったな、と思い出す。



「大体のことは分かった。それと今後の為に言っとくが、お前らが食べたのは覚醒剤が混ぜ込んである飴だ。だから……」



「は?あたしらクスリはやってねーぞ!」


「あ、飴だって貰っただけだし…」


「おいおい、いくらなんでもこいつらがクスリなんてやる訳ねーだろ?」



飴の正体が覚醒剤だと聞いて桐也達は狼狽える。



「んなことぐらい態度を見てれば分かる。別に逮捕とかじゃねーよ。ただ、気を付けろって言いたかっただけだ。甘い言葉にはな。」



「なんだ、そういうことか。分かった、気ぃ付けるわ。んな連中と関わりたくねーしな。冬架と胡桃もいいな。」


「了解っス。」

「は~い。」



早とちりと分かって安堵する3人に、大丈夫だとは思いつつも忠告する。


本当なら煌の言うことは聞きたくないが、自分達も関わりたくないし桐也にも念を押されたので2人は頷く。

「んじゃあ話はそれだけだ。何か思い出したら連絡くれ。」


「おう、分かった。」



「あぁそれと、今回の件くれぐれも手出すなよ。ややこしくなる。」



これ以上事を大きくしない為にと釘を刺す。


「分かってる。んな真似しねぇよ。」



「ならいい。じゃましたな。隼弥帰るぞ。」


「おう。」




結構な収穫があったなと煌は存在が最早空気になりつつある隼弥を連れ署に戻った。

鼬は猿を操り雪で遊ぶ

煌と隼弥が廃ビルで情報を聞き出している頃、志麻と瀬羅は五課に赴いていた。



「捜査の方はどうだ?奴ら吐いたか?」


「ええ、いくらかは。全容はまだ見えてきませんけど。とりあえず今分かっていること報告しますね。」


「昨日逮捕した猿組(マシラグミ)は、規模は小さく20年くらい前に先代の頭が病死して以降目立った動きはありませんでした。今回ガサに踏み切ったキッカケ、実はタレコミなんです。」



「タレコミ?」



「匿名で署に電話があったんですよ。猿組のフロント企業である クラブ白雪 で覚醒剤が横行していると。《信用できないなら隠し場所を言うからそこへ行って確かめてみろ》と言うんです。」



匿名であっても内容が内容だけに無視する訳にはいかなかった。



「行ってみたら クラブ白雪 のプリント入りの包装紙に包まれた覚醒剤入りの飴とパケがあり、これは信憑性が高いと判断した訳です。」



いくら警察でも、何の情報や証拠も無しに裁判所からガサ(家宅捜索差押)の許可は下りないのである。

「成る程。タレコミの主は特定出来たのか?」


「いえ、声から若い男としか…。パケから指紋は検出されませんでしたし、防犯カメラも無い場所でしたので。」



残念ながら指定された場所は、込み入った人通りが少ない路地裏だった。



「そうか…。まぁそれのおかげで大きな収穫があった訳か。」



「はい。覚醒剤所持で逮捕状とったんですけど、でるわでるわ。でも不思議なことに入手ルートが不明なんですよ。相当量あったので組織ぐるみで間違いないんですが、下の奴らはさばいてただけみたいで。幹部は何か知ってる口振りなんですが、はぐらかすか黙りばっかりで。背後に大きな組織がいるのは間違いないですね。」



物があっても、取り調べで構成員はそう簡単には口を割りはしない。



「噂の中国マフィアとの繋がりってあったんですか?」



「ええ。調べたら薬の成分と拳銃の改造の仕方が中国系統でした。しかも多く出回っているもので、我々がマークしている組織で間違いありません。ただ、猿組との繋がりが出てこないので、目下調査中です。」

「大きい組織といえば、癒鼬組はどうなんだ?害者が出入りしてたのはジャブ絡みだった。まぁ向こうは当然否定しやがったけどな。」



「癒鼬組に関しては可もなく不可もなく、といった感じですね。頭の御方は寡黙で受け答えはほぼ烏田切でしたから。会えば分かったでしょう。食えない奴だと。」



「ああ。身に染みてな。」



烏田切の胡散臭い笑み思い出したのか、志麻は苦虫を噛み潰したような顔だ。



「大変です!!」

「どうした?」


志麻と瀬羅が報告をうけていると、五課の捜査員の一人が慌てながらこちらに来る。



「それが、猿組の過去をもう一度洗っていたら重大なことが判明しました。先代の頭が亡くなるまで猿組は渋鷺組の傘下だったんです!」



「本当か?!」


「はい。渋鷺組の先代頭とは親しかったようで報告書にも何度か名前が出てきてます。」



「渋鷺組と猿組が仲良しこよし、そこに癒鼬組が加わり纏めあげた。小規模なくせにでっかいことが出来てたのは強力な後ろ楯があったからというわけか。」


「大当たりですね。」



丁度話題にしていただけに、この情報に表情が緩む。

「それともう一つ。癒鼬組の構成員である蘇芽が、クラブ白雪 に頻繁に出入りしていたとの目撃情報が入りました。」



「蘇芽と烏田切は元渋鷺組。特に烏田切は参謀の手伝いをしていたらしくその頃から頭角を現していたようです。癒鼬組が猿組を動かしてたのは間違い無さそうですね。」



「ああ。」



「そのクラブにですね、扇崎がいたとの情報もありました。」


「害者がか?」


「はい。ただ、遊ぶというよりは飲んでるだけだったようですが。」



「蘇芽が頻繁に出入りしていたのなら、扇崎さんが覚醒剤の件で癒鼬組に行ったのはクラブで情報を得たからじゃないですかね?」


「だろうな。でも、クラブが怪しいとどっかで仕入れて行ったんだろう。結灰や報告を聞く限りクラブにいくような性格じゃないからな。」



「確かにそうですね。大元の情報源がどこかっていうことですよね。」



重要な情報は次々に入ってきたものの、核心に迫るようなはっきりとした情報がない。

状況証拠だけでは烏田切にのらりくらりとかわされてしまうのがオチ。

確実に落とせる物的証拠がなければならない。

「情報源なら分かってるっスよ。」



突然聞こえた声の主は数時間前に出た煌だった。



「結灰!ってお前戻ってくるの早くないか?」



「早く帰ってきたんスよ。長居する必要もないっスからね。」


「そりゃあそうだが…」


「お帰り。情報源もう分かってるの?!」



今しがた調べようと纏めていたものを分かっていると言われて瀬羅は驚く。



「紅葉から電話があったんスよ。」



紅葉によると、扇崎の遺体が発見されて以降挙動不審の不良が1人いると噂があったらしく、探して問い詰め…………いや、聞きに行った。


その不良曰く、一ヶ月前扇崎に覚醒剤を持っているところを偶然見られてしまった。


毎日毎日止めるように会いに来られ、最初は無視していたものの元々遊び半分だったのもあってクラブの従業員から買っている、と扇崎に言ったのだ。



「だから クラブ白雪 に行ったんですね。確かめる為に。」



「そこで覚醒剤と癒鼬組が繋がるような情報があったんだな。」

「なんだ分かってたんスか?そのクラブが白雪だって。」



「昨日捕まえた組のフロント企業で、蘇芽が頻繁出入りしていたんだ。聞いてたんじゃないのか?」



「聞こえてきたのはおやっさんがクラブにいた、というところからっスよ。」



「それに聞いてたんじゃなくて、志麻さん達の声デカイから廊下まで聞こえてきただけですよ。結構重要なことなんだからもう少しボリューム抑えましょうよ~」



「うるせぇ。元々この大きさだ。」



「まあまあ2人とも…」



言ってることは最もであるが、その光景は子供の喧嘩のようで内心、また始まったと呆れながら瀬羅はなだめる。


煌はその後ろで五課の捜査員にさっき志麻達が聞いた報告を受けていた。



「じゃあ後は物的証拠っスね。癒鼬組にガサいれらんないんスか?」



「烏田切の口調からして組本部にある可能性はかなり低いですね。自信たっぷりでしたから。上手く隠しているか、あるいは経営している企業のどこかに…」

「猿組にガサが入ったことは向こうも承知の上だ。証拠がねぇとトカゲの尻尾切りになっちまうから慎重にいかねぇとな。」


「そうですね。ところで、扇崎さんに見つかった人今どこにいるの?」



情報提供者の所在が気になり尋ねる。



「兄貴達と一緒だ。今から所轄に出頭すると。おやっさんも自首させようと説得してたみたいだし、情報提供者とはいえ法律に違反してんじゃぁ見過ごす訳にはいかねぇらな。」


「せめて自首扱いになればいいけど。」



「所轄次第だが、事情が事情だ、上手くやってくれんだろ。」

「だな。」



言い合いが終わったのか、志麻と隼弥も話に参加する。



「とにかく明日、蘇芽に聴取してみるか。」


「はい。烏田切よりは何か話してくれそうですしね。」



「そう言って締め上げるんじゃないですか~?志麻さんそういうの得意じゃないですか。」


「よーし。お前のその曲がりきった根性も真っ直ぐにしてやろう。」


「「…………。」」



志麻と隼弥がそう言いながら睨み合う。

しかし、なだめるのも突っ込むのも面倒になったのか、煌と瀬羅は無言で呆れた目を向けるだけだった。