白銀色の序章

ある日の警視庁―――

組織犯罪対策部の前で
五課の刑事と暴力団の構成員が
押し問答を繰り広げていた。


「おら、大人しく歩け!」

「いってぇなぁ~もう少し優しくして下さいよぉ刑事さん?」



「朝っぱらから何あれ?」

「今朝早くに五課がどこかの組をガサ入れしたみたいよ。」


鑑識の隼弥(ハヤミ)と一課の瀬羅(セラ)は目の前で飛び交う怒号にうんざりしていた。

そして、2人と同じ心境の人物がもう1人…



「…うるせぇ」

「あ゛?んだとごらぁ?」

「けしかけるな結灰!」

「別にけしかけてないっスよ」

「やんのかあ゛ぁ?」


もう1人の人物―――結灰煌(ムカイ コウ)は、苛ついた態度を隠しもせず、五課が止める間も無く憤っている構成員に詰め寄り低い声で言った。


「…銀龍なめるなよ?」

「銀龍?!サツが嘘はいけねぇなぁ~あの銀龍がお前みたいな餓鬼な訳がねぇ」


「残~念!この人が正真正銘の銀龍だよ~」


自分の考えを隼弥にあっさり否定された組員は狼狽える。



「はぁ?警察はいつから嘘付きに…」

「早く退かしてくんないスか?通れないんスけど」

「あー分かった分かった、おら立て!」

「ま、まじで…」


目の前の女が銀龍本人だと分かり腰が抜けた構成員は五課の刑事に引きずられていった。




「…銀龍?」


「そっかー瀬羅ちゃんは配属されたばっかだから知らないよね。銀龍っていうのは、結灰が不良やってた時の通り名。『最強無敗で敵無し、キレると手が付けらんない危ない奴』って有名で、今でも不良や暴力団の間では伝説の人物って語り継がれてるらしいよ。」

「へぇーでも何で銀龍?」

「髪の一部を銀色に染めてて、それが龍の様に見えたからって話。まぁ伝説過ぎて銀龍が誰だか正体不明で、目印がその銀色の髪の毛だったから、さっきの組員も分からなかったみたいだけど。」

「成る程。」



二人の会話を黙って聞いていた煌だったが、ふと見た時計で隼弥の置かれてる事態に気付く。


「隼弥、語るのは良いが時間気にしろよ。」


「やっばっ!じゃ俺はこれで」

「いつも30分以上遅刻してるけど大丈夫かな?」

「あいつは年がら年中遅刻だから気にするな。しかも、慌てるだけ慌てて、改善する気ねぇしな。」


ダッシュした遅刻魔の隼弥を、のほほんと見送る瀬羅と日常茶飯事だと呆れる煌。



「ねぇ、なんで銀龍の事言ってくれなかったの?」

「別に言う必要はねぇだろ?」

「まぁそれはそうなんだけど…」



自分の事をあまり語りたがらない煌に少し不満でありながら、無理矢理聞く事でも無いかと瀬羅は1人納得して、先に行ってしまった煌を追いかけた。

刑事部 捜査一課―――――



「お、結灰!朝からやり合ったらしいな。五課が迷惑そうだったぞ?」


「別にやり合ってないっスよ。うるさい上に通行の邪魔だっただけっス。」


先程の出来事は既に警視庁内を巡り、煌の先輩刑事である志麻(シマ)の耳にも届いたらしく、挨拶も無しにからかわれた。



「志麻さん、おはようございます。五課、何のガサ入れだったんですか?」

「おう瀬羅おはよう。俺も詳しくは知らないけど麻薬・覚醒剤・拳銃のオンパレードで何かややこしいらしい。」

「時間がかかりそうですね。」

「あぁ、それでうちにも人を回せと刑事部長から…」


トゥルルル――……

ガチャ

「はい、捜査一課…はい…はい……分かりました。志麻さん!河川敷で男性の変死体が発見されたそうです!」

「おう、分かった。行くぞ!」


事件の一報が入ると志麻は部下達と共に現場へと向かった。

事件発生

河川敷―――――




「志麻警部補!」


現場に到着した志麻達を所轄の刑事が迎える。


「おうご苦労さん、早速だが、害者は…」

「それがですね……」


遺体の身元を確認しようとした志麻に所轄の刑事は言い淀む。

不思議に思い、遺体の顔を見た志麻は驚き声を荒げる。


「!!結灰、お前は来るな!」

「先輩、どうしたスか?そんな大声出して……!!!」


志麻に続き遺体の顔を見た煌は目を見開き固まる。

「おやっさん………」

「結灰さん…?」


固まった煌を不思議そうに見る瀬羅は志麻に視線を移す。


「害者の名前は扇崎吉信(センザキ ヨシノブ)64歳、元警視庁生活安全課の警官だ。それに、結灰の昔からの知り合いでもある。」

「!」


志麻から遺体の身元と煌との繋がりを聞かされ瀬羅は驚くと同時に煌の心中を思う。


そして、志麻達のすぐ後に到着し鑑識作業を始めていた隼弥も志麻の声に状況を知る。

いまだに扇崎の遺体を見つめ固まったままの煌に声をかけようと隼弥が近付いた時、河川敷に複数の声が響く。

「扇崎のジジイ死んでやんの」

「マジウザかったし、イイ気味~ザマァって感じ」


「テメェらふざけんじゃねぇ!」

「おやっさんに謝れ!」


「はぁ?何ですかー」

「意味不明なんですけどぉ~」



土手の黄色いテープの向こう側で2組の不良4人が言い争いを始め、野次馬は巻き込まれたくないのか直後に散っていった。



「おい、誰かあいつら止めて追い返せ!邪魔だ。」

「は、はい!「私が行きます!人の命を何だと思ってるの?!」

「あ、瀬羅!」


騒ぎを見た志麻は所轄に止める様に指示を出したが、それより先に不良の言動に憤りを感じた瀬羅が志麻の制止を聞かずに不良達に近付く。



「ちょっと貴女達!人の命を何だと思ってるの!いい加減にしなさい!」


「何?サツが何の用?」

「別になに思ったって自由でしょ~説教たれてんじゃねぇよ!お・ば・さ・ん!」


怒った瀬羅を見て申し訳なさそうに黙った左側の2人に対し、右側の2人は声を荒げて反抗する。

「おばっ…わ、私はまだそんな年齢じゃ…ってそんな事じゃなくて!」

「あーウゼェーやっちまうか?」

「さんせ~」



態度を改めない2人に怒りが収まらない瀬羅は更に近付くが、手にしていた金属バッドを1人が瀬羅目掛けて降り下ろした。



「黙れよ、ババアが!」

「!」


ガンッ

ドサッ


「結灰さん!」

「結灰!!」


降り下ろされたバッドは直前で煌が瀬羅を庇った為、瀬羅には当たらなかったが庇った煌本人に直撃し、煌は土手の坂を転がり落ちた。

庇われた瀬羅と一部始終を気になって見ていた隼弥は急いで煌に駆け寄る。

傷害事件に発展しかねない事態に志麻の顔も一層険しくなる。


「姐さんに何しやがる!」

「テメェらただじゃおかねぇ!」


この事態に左側の2人の表情は一気に怒りへと変わり、2組の不良の間には火花が散るかの様に一触即発の雰囲気が漂う。



「手ぇ出すんじゃねぇ!!!」





殴り合いが始まろうとしたその時、煌の怒号が響きその場にいた全員の動きが止まる。


「姐さん…」

「いいから、手ぇ出すな。」


頭から血を流し少しふらついている煌を心配する左側の2人を安心させる様に言い、右側の2人に近付く。


「これ以上やるなら、公妨でしょっぴくぞ?」


「っ……」


「冬架、胡桃、その辺にしておけ。」


煌に凄まれて言葉も出ないが、それでも退かない2人の背後から制止する声がする。


「桐也さん!」

「いいんスか?!」


「あぁ。お巡りさんが善良な一般市民に手ぇ出すなんて、ましてや逮捕なんて…する訳ねぇよなぁっ!」



「カハッ…っっ……――――」


現れた桐也は笑顔で煌に近付き、胸ぐらを掴み勢いをそのままに止まっていたパトカーに押し付け、更に右膝で煌の鳩尾を蹴りあげた。


桐也にされるがままの煌はその場に崩れ落ちる。

「じゃぁな、お巡りさん?冬架、胡桃!帰るぞ。」

「ザマァみろ!」

「は~い!」


3人が居なくなると左側にいた2人が煌に駆け寄る。


「姐さん、大丈夫っスか!?」

「獅子王のやつ、まだ姐さんを狙いやがって!」


「大丈夫だから、2人とも落ち着け。それより兄貴この事知ってんのか?」

「いえ。うちらはたまたま通りかかって、あいつら見つけて、それで…」


「だったら帰って兄貴に言っとけ。どうせ聴取に行かなきゃなんねぇからな。」


「了解っス。でも姐さん、こっち来る前に病院行って下さいっスよ?」

「頭だし、絶対ですよ!それとこれ、使って下さい。」


「あ、あぁ…」



2人がこの場に居た経緯を聞いた煌は、この後の事を予想し2人に告げる。

聞いた2人は返事をするが、量は少ないもののいまだに流れ続ける血が気になり病院を勧め止血の為にとハンカチを渡す。


そして事態を知らせる為に2人は捜査員に軽くお辞儀をしてから帰っていった。

煌と2人が話している間、会話に入りそびれた瀬羅は隼弥に訊ねる。


「今の人達って結灰さんの昔の知り合い?」


「そ。簡単に言うと…」


隼弥曰く……


最初に言い争いをしていた2組

右側の2人が冬架(トウカ)と胡桃(クルミ)

冬架は気性が荒く言葉より手が先に出るタイプで瀬羅を殴ろうとした方。

胡桃は小悪魔的な猫なで声で話すが性格は最悪。乱闘で仲間が流血してもダサいなんて笑ってるらしい。


背後から来た金髪の男は2人のリーダーで橙将桐也(トウハタ キリヤ)、通り名は獅子王

桐也は笑顔を絶やさないが気に入らない事があると暴れまわる。傍若無人な態度ではあるけれど、強さに憧れる不良達の上に君臨してる。
通り名は煌と同じく髪の毛の色とその強さから。



そして左側の2人は紅葉(クレハ)と梓凪(アズナ)


紅葉は口も悪いし手も出すけど、とりあえず一般人には配慮するらしい。冬架とは犬猿の仲。

梓凪は口はそこまで悪くないし気配りも出来るけど身内に手を出した奴には容赦がない。煌にハンカチを渡した方。

会話に出てきた兄貴っていうのは明松秋(カガリ シュウ)、
通り名は不死鳥

獅子王の前に君臨してた男。獅子王に挑まれて負けたからトップから退いたって言われてるけど、それ以上やると乱闘が収拾着かなくなるからその前に自ら負けを認めたって噂。

今は小さな整備工場で働いているらしい。
通り名は、負けず嫌いで何度も向かっていくのと髪の毛が赤く鳥が舞うかの如く戦っていたから。


因みに、既婚子持ちで奥さんが遺体で発見された扇崎吉信の1人娘の、明松夏渚(カガリ ナギサ)。だいぶ前に病気で亡くなってるらしいけど。



「それに、銀龍・獅子王・不死鳥はこの辺の不良の間では3強って呼ばれてるんだって。」


「分かりやすい説明ありがとう。でも何でそんなに詳しく知ってるの?結灰さん私が聞いてもはぐらかすのに。」

「そりゃぁ教えてくんないし、地道に調べて…」

「ん、何?聞こえなかった。」

「いや…まぁ、この辺じゃ有名だからな。」

「ふ~ん。」

煌の事を警察学校で見て一目惚れし気さくな性格にも惹かれた隼弥が、煌=銀龍と知ったのは同期達の噂から。


本人に聞いても教えてくれなかったので調べたのだが、有名なのに正体不明で辿り着くまでには苦労した。でもそのお陰で煌がただ暴力を振るう不良ではない事を知って、隼弥は煌の事を更に好きになったのだ。


だが、隼弥はチャラ男な上に誰とでも仲良くなる・煌を目の前にするとからかい口調になる、出会った当初からそんな感じの為、仲は良いのに同期という枠組みから一向に抜け出せないでいる。


好きな女の子に意地悪してしまう小学生くらいの男の子によくみられる行動をとってしまう27歳独身の隼弥であった。



瀬羅と隼弥の会話が終わった直後、紅葉と梓凪を見送った煌は梓凪の渡したハンカチを汚さない様にポケットに入れながら隼弥に問う。


「隼弥!要らないタオルか何かあるか?」

「え?あぁ、あると思うけど」

「じゃあ1枚貸せ。まぁ血で汚れるから返せねぇけど。」


隼弥からタオルを受け取ると、今度は志麻に問う。

「先輩。病院行ってきていいっスか?」


「ああ!今、車を回す。」

「いいっスよ、病院くらい一人で行けるっスから。」


志麻に許可をもらった煌は出血をタオルで押さえつつ病院へと歩き出す。

しかし、足元が覚束ない。



「あ、おい!お前そんなふらついて行ける訳ないだろ。」

「俺がついて行きます!」


一人で行かせる訳にはいかないと隼弥は煌を追いかける。


「隼弥!ったく、どいつもこいつも…少しは俺の言うことも聞け!」



先輩であり現場の指揮をとっている自分の指示を聞かないばかりか、隼弥は仕事まで放置していった。


瀬羅が発端の騒動に煌の怪我、隼弥の勝手な行動と各々に動く部下に頭を抱える志麻を見て、
現場にいる警察関係者は苦笑いを浮かべるしかないのだった。

銀鱗の欠片

病院内 外来診察室前――――



「ありがとうございました。」


煌が治療を受け診察室を出ると、神妙な面持ちの隼弥が待合室で待っていた。


「別に待ってなくてもよかったのに。仕事放り出して、先輩にまた怒られるぞ?」


「慣れてるからいい。それより怪我は?」


「大したことはねぇよ。出血の割に傷は深く無かったし、脳にも異常は無かったしな。」


「そっかぁ~良かった~」



心底安心したという隼弥の態度に、驚きやらそこまで心配してくれたのかという嬉しさやらで、煌は何て言っていいか分からなかった。



「さ、さっさと署に戻るぞ。」


このよく分からない感情は今は関係ないと置いておいて、とにかく早く捜査に戻らなければと煌はぶっきらぼうに言い、駐車場へと急ぐ。



「あ!もう少しゆっくり歩かないと…ったくしょうがねぇな。」



病院に向かう車の中での弱々しく青白い顔から、異常も無くいつもの態度に戻っていたので、本当に良かったと笑みを浮かべ、煌を追いかけた。

病院 外駐車場―――




煌が助手席のドアの前で佇んでいる。



キーは隼弥が持っているので、早く開けようと駆け足で近付いていくと、煌の左手が強く握られたまま震えている事に気付いて足が止まる。


顔は影になっていて表情までは見えない。


「結灰……」


呟く様に隼弥が言うと、聞こえたのか煌はハッとして隼弥の方を向くがすぐに視線を反らす。


「早く戻るぞ。鍵、開けろ。」


急かす煌に対して隼弥は動かない。



「おい、隼弥!早く「なぁ…、泣きたかったら泣けばいいじゃん。なんで我慢なんかするんだよ。一人で抱え込もうとするんだよ!そんな辛そうな顔見たくねぇんだよ!」


「隼弥……」



「俺じゃ駄目か?役に立たないか?腕は弱ぇけど傍に居ることは出来る。俺は結灰のことが好きだから笑っていて欲しいけど、泣きたい時は泣き止むまで泣いて欲しい。」



煌の表情に気持ちが爆発した隼弥は、息が切れるのも構わず捲し立てる様に思いをぶつける。



そして隼弥の気迫と思いに背中を押される様に、煌は静かに話始めた。




「…俺、昨日の昼休憩に呼び出されておやっさんに会ってるんだ。」

―――――――――

――――――

―――






事件発覚の前日 昼過ぎ


警視庁近く公園に煌は扇崎に呼び出されていた。



刑事の職務内容を良く知っているはずの扇崎が、勤務中の煌に電話しその上呼び出すのは珍しい事だった。





「どうかしたのか?おやっさんが珍しい。」



「いや、別にどうという訳では無いんだがな…。それより仕事はどうだ?お前のことだから何かやらかしてないか?」


「やらかしてねぇし、何もしてねぇ!至って順調だ。
…まぁ順調って言い方もおかしいけどな。」



「そうか。お前んとこは良い奴ばかりだからなぁ。銀龍だと知った上で引っ張ってくれたんだしな。」


「あぁ、分かってるよ。けなされたり避けられたり、邪魔者扱いされる事はねぇからな。
からかわれんのは日常茶飯事だけどな。」



「そりゃあ楽しそうだな。」


「遊んでる訳じゃねぇよ。まぁ楽しいっつーか、先輩達と居ると飽きねぇな。生きてきた世界が俺とは全く違うからな。話聞いてるだけでも色んな事が知れる。」

何の脈絡も無く突然呼び出され何事かと思って来たのだが、会ってみても話してみても至って普段通り。


そんな扇崎に刑事という職業柄、悪い方向に考えすぎたなと煌は思い直した。




「それはそうと煌、俺って言うのは止めろと何度も言ってるだろう?男言葉も。お前は女の子なんだぞ。そんなんだからいつまで経っても浮いた話が無いんだ。もう27だろ?色恋沙汰の1つや2つ……」



「あー!その話はもういい!聞き飽きた。俺は俺だ、変える気はねぇ。」



仕事から私生活に話題が変わり耳にタコが出来る程聞いている内容に煌は扇崎を遮る様に言った。



「それだけならもう戻るぞ?あんまり遅せぇと先輩がまた煩せぇからな。」



「あ、あぁ。突然呼び出してすまんかったな。」



「いや別に大丈夫だ。じゃまたな。おやっさん。」



「……あぁ、また…な。」


歩きながら手を挙げて背を向けた煌は、扇崎の複雑な顔を見ることはなく歯切れの悪い物言いにも気付くことはなかった。




―――――――――

――――――

―――

「今思うと、おやっさんがあんな雑談の為に、仕事中の俺をわざわざ呼び出すなんて絶対ねぇのに。もっと真剣に話聞いてりゃ気づけたのに…。やっぱり俺は…傷付けるしか出来ねぇ…
警官になったって変わらねぇ…誰も守れ「もういい!」



「!」


「もう、いい…もういいから。」



自分を責め続ける煌を隼弥は抱き締める。



堰を切った様に泣き崩れる煌。




大丈夫だから、そう伝わる様に隼弥は煌が落ち着くまで強く、でも壊れものを扱う様に優しく抱き締めていた。








弱さを決して見せない気高き龍


押し殺し続けた感情が零れ落ちる

それは太陽の光を浴びて
まるで銀に輝く鱗の様だった。

帰りの車中、隼弥は運転で前を向いたまま、煌は窓の外を眺めていて、気まずくないものの
2人とも無言だったのだが……





「なぁ…」



「な、何?」



「お前さ、俺の事好きなの?」




「!!……えっ?何で分かるの!?」



「(声裏返ってるし…つか言った自覚無しか。)」



狼狽えながらも運転が乱れない隼弥に感心しつつ大事なところが抜けていると煌は呆れる。



「さっき俺に言っただろ?好きだから笑っていて欲しいって」


「(俺、そんなこと言ったかな…そりゃあ思ってるけど、本人に言うとか…しかも覚えてないって…!!)」


傷に障らない様に運転に集中しなければ、と思いつつも隼弥の頭の中はパニック状態。


そんな隼弥を察したのか、煌は少し強めに話しかける。


「他人を好きになった事なんてねぇから、隼弥の事好きかどうかなんて分かんねぇ。けど……嫌いじゃねぇから。」



「!?」



告白というより勢いで言ってしまったみたいなのでどうしようと思っていたが、嫌いじゃないと言われて隼弥は驚く。

「…悪りぃ。はぐらかしてる訳でも、からかってる訳でもねぇんだけど。何て言っていいか分かんねぇから……」





口調から嘘を言っている訳ではないと分かる。

もっとも、煌が隼弥に対して嘘を言ったことはないのだが。




「だ、大丈夫分かってるから。それに、その…つ、付き合うとか…すぐにどうこうしたいとか…そんなんじゃないし……だから、その……ま、まずは扇崎さん殺した犯人捕まえようぜ。」


「あぁ…そうだな。」







結論を急ぐ事はない

犯人を挙げてからでもいい

2人の思いは重なる。

事件の概要

煌と隼弥が病院にいる頃、志麻達は鑑識から報告を受けていた。




「司法解剖の結果、扇崎吉信の死因は、腹部を鋭利な刃物に刺された事による失血死、死後硬直からみて死亡推定時刻は昨日の午後11時から今日の午前3時と思われます。尚、現場から凶器は発見されていません。」



「財布の中身が無くなってないから物取りの線は消えるな。」



「ということは、怨恨でしょうか?元とはいえ警察は何かと逆恨みされやすいですし。」




捜査の方向を模索していると、鑑識から追加報告が入る。





「それと、もう一点あります。遺体の袖口に微量ですが、覚醒剤が付着していました。」



「覚醒剤がですか?」



「おいおい…、害者は4年も前に退職してんだろ?いくら元警官でもシャブに関わる様なことはないだろ?」



「えぇ、遺体からは検出されませんでしたし所持品にもその類いはありません。現場に争った後がありましたので、犯人ともみ合った時に付着した可能性が高いと思われます。」




「だろうな。てー事は、組対に応援頼まなきゃいけないじゃないか。」



「承諾してくれますかね…指揮権は刑事課の方ですし…」

志麻と瀬羅が気が重い理由……
それは……



今の時代、表立って衝突は無くとも刑事課と組対の縄張り争いは存在する。



薬関係と殺人と同時に発生した場合、どうしても殺人の捜査が優先され一課の手柄になる傾向がある。


組対の面々は、命令に従うもののいい顔はしない。


命令に従うのも、あくまで表面上の事である。


なので、直接命令出来る立場に無く、でも現場で一課の一番上になる志麻は胃が痛くなる。



「はぁ~悩んでも仕方がない…部長に応援要請の許可もらってこい。」


「分かりました。」



志麻は捜査員の一人に指示を出し、全体を見渡す。



「じゃあ各自、シャブの出所と害者の足取り、目撃者の捜索を頼む。」



「「「了解!!」」」



「瀬羅は俺と遺族の元に行くぞ。結灰の仲間から話は通ってるだろうから。」


「はい!」




各々捜査を開始した。

「誰も居ねぇな。兄貴のとこにでも行ったか。」




煌と隼弥が病院から戻ってくると一課の人間は居なかった。


どうやら入れ違いになったようだ。



「帰ったばっかだけど、俺達も行くか。」



「何でお前が兄貴のとこに行くんだよ…必要ねぇだろ。とっとと鑑識に戻れ。」



通常鑑識は遺族には会わないし聞き込み捜査などもしない。

なので、行く気満々の隼弥を煌は制止する。




「怪我人に運転なんかさせられねぇよ。」



「このくらい平気だ。検査も異常無かったし、問題ねぇよ。」



「問題大有りだ!事故ったらどーすんだよ!?俺が運転するからな!」



隼弥は心配のあまりムキになって行ってしまう。




「おい、隼弥!……問題ねぇって言ってんのに……」




怪我は現役時代に比べれば大したことはないし、訓練で習った受け身もとっていたし、何より検査にも問題無かった。


なので、嬉しいけどいくらなんでも心配しすぎなんじゃないかと思う。


だが、言い出したら聞かなさそうだと諦めて、とりあえず志麻にどう言い訳しようか…と考えを巡らせる煌であった。

銀鼠のアリバイ

「ここだな。」




志麻と瀬羅が向かった先は、都心から少し外れた所にある小さな整備工場。

規模は小さいながらも自動車やバイク・自転車など業務は多岐に渡る。


煌が兄貴と呼ぶ、明松秋の仕事先である。



事務員に秋のことを聞くと、作業場に居ると言うので2人はそちらへ向かう。




作業場にはバイクを修理している秋の姿があった。



「明松秋さんですね?私は警視庁の」


「煌の同僚だろ?紅葉と梓凪から聞いてる。俺のアリバイ聞きに来たんだろ?」



「ええ、話が早くて助かります。私は瀬羅と言います。」


「志麻だ。俺は上司だがな。」


「早速ですが、昨日の午後11時から今日の午前3時までどこにいらっしゃいましたか?」



「その時間なら息子と一緒に家で寝てたな。オヤジとは一緒に住んでねぇし、その日は会ってねぇからオヤジが何してたかは知らねぇな。」


「そうですか。ではその扇崎吉信さんについてですが…」



「オヤジは俺の妻である夏渚の父親で、夏渚が病気で死んでからも息子によく会いに来てた。現役時代の癖が抜けねぇのか、その辺にたむろしてる不良をよく注意してたな。」

「扇崎さんに恨みを持つ人物に心当たりないですか?」


「恨みねぇ…。サツに恨み持ってる奴なんてごまんといるんじゃねぇの?それこそ昔の俺みたいに、注意されてた奴らとかな。」



作業の手を止めずに淡々と答える秋に、志麻は疑問に思った事を口にする。



「えらく他人事みたいに話すなぁ?昔からの知り合いの上に今は義父だろ。少しぐらい悲しんでやってもいいんじゃないのか?」




「………あ?」



「し、志麻さんっ…」



挑発する様な志麻の言葉にそれまでの雰囲気とは打って変わり、苛立ちを隠そうともせずに志麻の胸ぐらを掴み声を荒げる。



「悲しんだらどうにかなんのか?泣き叫んだらオヤジは生き返んのか?どうなんだよ!?なぁ、答えろよ!!」


「…くっ………」





「!ちょ、秋さん何やってんスか!?」



「いくらなんでも手出しちゃマズイですよ!」



紅葉と梓凪が、掴みかかっている秋を慌てて志麻から離す。



2人の側を見ると修理に使う工具類があり、それを取りにいっていたらしい。

「一体何があったんです?」




梓凪は事態を把握しようと、瀬羅に問いかける。



「あ…いえ…、こちらがぶしつけな言い方をしてしまって…」



「どーせ先輩が兄貴の癪に障る様な事言ったんだろ?」




あたふたと答えていると、作業場の入口から呆れた声が聞こえる。

秋の声は工場に着いた煌と隼弥の耳にも届いていた様だ。



「「姐さん!」」


「怪我大丈夫っスか?」



「あぁ、問題ない。」


「良かった~」




煌の姿を見て駆け寄った2人は怪我が大したことではないことに安堵する。


「梓凪、これ返す。ありがとな。」



「へ?あぁハンカチ別に返さなくても…って姐さん、使ってないですよね、これ!」


「あー……汚したくなかっただけだ。止血はちゃんとしたから大丈夫だ。」


「そうですか…?ならいいんですけど…」

「結灰!その様子なら大丈夫そうだな。…ってなんでここに隼弥がいる?ここは現場じゃないんだ、署に戻って仕事しろ!」


「(結灰と一緒にいたかったし)鑑識が現場以外にいても別に良いじゃないですか~」



「おい、なんか良からぬ心の声が聞こえた気がしたが?」




煌の状態に安心する一方、またしても勝手に動く隼弥に青筋を立てる勢いの志麻。



「先輩、そんな怒鳴ったら血管切れるっスよ。隼弥は……あ~そう、俺の下僕っスよ。」



「(下僕?!)」


「(下僕はねぇだろ、下僕は)」


「(嘘が適当過ぎっス、姐さん!)」


「(目が泳いでます…!)」



「………。結灰、嘘を付くならもう少し上手くやれ。」




取って付けたような言い訳は、瀬羅を驚かせ、秋・紅葉・梓凪には心の中で突っ込まれ、更には志麻に呆れられながらアドバイスされる始末。

隼弥にいっては驚きのあまり固まっている。

「…嘘じゃないっスよ。朝から俺の運転手してるし。」


「運転手ってそれ下僕とは言わんだろ…」



「運転手は構わないけど下僕は嫌だ。俺は結灰と対等でいたい!」



「なんの告白よ!」



「「!!」」



復活した隼弥の反論に瀬羅が突っ込んだ台詞が『告白』だった為に、車中の会話を思い出してしまった2人は動きが止まってしまう。



「………で、アリバイはどうなんだよ?」



煌達の登場により場は和んだが、隼弥以外の不思議そうな視線を払拭しようとここに来た本来の目的を早口で問いかけた。



「アリバイっスか?」


「あぁ、昨日の午後11時から今日の午前3時だ。」


「その時間なら寝てたっスね。」


「私もですね…」


「俺も寝てたからアリバイはねぇよ。」


「だろうな。まぁ予想の範囲内だ。それに殺るなら兄貴だろうし、性格上刺すより殴るだろうしな。」


「な、殴らねぇよ。」


「掴みかかってたけどな。」


「うっ………」


「姐さん、秋さんをいじめるのはそれぐらいにしといたらどうですか?」


「可哀想っスよ。」


「お前ら……半笑いで言うんじゃねえよ!」

「あの~………因みに扇崎さんが危ないことに関わっていたとかないですか?」



煌達が内輪で言い合いをしていると、瀬羅が遠慮がちに聞く。


「危ないこと?例えば何だよ?」


「えーっと…それはですね…」



関係者とはいえ捜査情報を簡単に言ってはならない為、言葉を濁す瀬羅に煌は近づき小声で尋ねる。




「何かあったのか?」


「遺体から微量だけど覚醒剤が出たの。」


「覚醒剤?おやっさんからは何も聞いてねぇけど…。」



覚醒剤と聞いて事が穏やかじゃないと分かり、自分から聞いた方が早いと思い秋にもう一度尋ねる。



「兄貴!普段と変わったこととか何もねぇのか?」


「変わったこと…?いや、特になかったぜ。」



「梓凪と紅葉は?」



「私達も特に…ねぇ?」

「はい、ないっス。」



「そうか…。」



自分より会う頻度が多かった3人も知らないとなると、おやっさんが独自に何かしていた、と考えた方が良さそうだな。

と、煌が考えを巡らせていると入口からまたしても声が聞こえた。



「なんで煌姉ちゃんがここにいるの?」

煌を呼んだ幼い声に一同の視線が入口に向くと、そこにはランドセルを背負った男の子が立っていた。



「春貴!」


「お帰り~。」


「お帰りなさいっス。」



声の主である男の子の正体は、秋と夏渚の息子にして、殺された扇崎吉信の孫、
明松春貴(カガリ ハルキ)である。



「ただいま。」


「(可愛い~!)ぼく、何年生?」



「に、2年生だけど…。ねぇ、なんで煌姉ちゃんがいるの?」



瀬羅の勢いに押されながらも、ランドセルを置き問われた質問に律儀に答える。

そして、軽く無視された疑問をもう一度聞く。



「あ~それはだな…」



「春貴、とても大切な話があるんだ。」



「おいっ。春貴に今言わなくても」



「隠しても仕方がないだろ。」



春貴の問いに、事が事だけに父親の秋でさえ言い淀むが、それを遮り春貴と目線を合わせる為にしゃがんだ煌は、事件の事をゆっくりと話始めた。

「春貴、今日の朝、お祖父ちゃんが死んじゃったんだ。」



「………死んじゃったって……本当に?」



「ああ。誰かに殺されたんだ。」



「なん、で?」



「分からない。でも、俺達が今調べてる。」



「捕まえてくれるよね?」



「あぁ。」



「絶対?」



「あぁ。」




祖父が死んだと聞かされ、煌と会話しているものの、その目には涙が溜まっている。

唇を噛み締め、泣くのを必死に我慢しているのは負けず嫌いである父親譲りなのだろう。


そんな春貴の様子を見て、煌は思い出した様にフッと小さくやわらかく笑みをもらすと、頭を撫でながら優しく語りかける。



「春貴、お祖父ちゃんが死んで悲しいな…我慢なんかしなくていいんだ。泣きたかったら泣いていい。な?」



「……ぅっわぁぁぁ――!!」



煌の言葉に我慢の限界を越えていたのか春貴は泣き出す。


それでも、煌の肩に顔を埋め泣き顔を見られない様にしているのは、幼くても男のプライドがあるからかもしれない。

「寝ちゃったっスね。」




泣き疲れ眠ってしまった春貴は、作業場に置かれた長椅子の上に寝かされている。





「煌、お前何で春貴に言った?こっちにも心の準備っていうもんがなぁ…」



「それは兄貴の都合だろ?親の隠し事っていうのは子供にとっちゃぁ気になるからな。隠さない方がいいだろ。」



「まぁ、そりゃぁそうなんだけどよ…。それにしてもお前が珍しいな。」


「何が?」


「泣きたかったら泣け、とか。お前我慢するタイプなのに。夏渚の時もそうだったし。なんかあったのかと思ってな。」



「べ、別になんもねぇよ。」




と言いつつも隼弥の言動が影響しているのは間違いない、と煌は自覚している。


春貴の様子を見てまるで先程の自分の様だと思い出したのだ。

だから、隼弥が自分にしてくれた様に春貴にもしてあげようと思えたのだ。

悲しみは無くならないが、隼弥のおかげで少し気持ちが楽になったのだから。


吹っ掛けられた喧嘩を買い、乱闘して傷付けるだけだった自分が、まさかこんなにも人に優しく出来るとはな、と感慨深く思っていると……

煌の言葉で自分の事が影響していると気づいたのだろう、にやけ顔の隼弥が目の端に映る。


目線を向けると隼弥と目が合ったので、ふざけた笑いを止めろという意味合いを込めてジロリと睨む。



気付いた隼弥はすぐに真顔に戻ったが、睨まれて一瞬ビクッとなったのを横に居た瀬羅が感じ取り、怪訝な表情。




「先輩、結局アリバイはねぇし一旦戻るっスか?」



隼弥は助けを求める視線を寄越したが、煌はそれを無視し志麻に指示を仰ぐ。



「あぁそうだな。(はぁ~やっと指示を聞く気になったか…)結灰、瀬羅!戻るぞ。……あと、隼弥も。」


「了解っス。」

「はい。」

「俺、ついでかよ……」




戻ると聞き、秋達は煌に声をかける。




「じゃ、頼むぜ。」

「怪我だけは気を付けて下さいっスよ?」

「無茶しないでくださいね!」


「分かってるよ。」



寝ている春貴を起こさない様に小声で話し、煌達は作業場をあとにした。