太った女の部屋を去り、僕はまた一人ぼっちになった。僕は常に一人ぼっちだった気がする。家にいるときはもちろん、食事をしているとき、テレビを見ているとき、映画を鑑賞しているとき、街を歩いているとき、と。でも、それは僕が自発的にひとりになっていたわけで、本意ではなかった。深い意識の底では、誰かを求めていたし、誰かに寄り添いたかった。なぜか、それができなかった。してはいけない気がしたからだ。没頭できるものがあったのだろう。いや、没頭することで、孤独を孤独と思わないようにしていたのかもしれない。
 タタダダタタダダ
 パラディルだ。 
 僕は思った。
 一生懸命ドラムの練習をした。
 楽しかったから。
 音を追った。
 飽きなかったから。
 これは父親のドラムの音だ。
 僕は耳を澄まし、前を見た。
 扉の隙間から明かりが漏れていた。
 音はそこから聞こえてきた。
 ドラムロールに音は移り変わっていた。
 僕は早足になり、扉の隙間に手をかけた、ドラムの音は止んだ。
 僕は部屋の中を覗いた。
 誰もいなかった。
 部屋にはドラムとベッドがあった。デスクがあり、ペンが散乱し、パソコンのブルーライトが明滅していた。デスクの前には椅子があったので、僕はそこに腰を下ろした。誰か来るかもしれないと思い、僕は椅子の背に手を掛け、扉の方を向いた。ただ、ただ、ずっとそこで誰かが来るのを待っていた。どれぐらいの時間が経ったかわからない。お腹は減らないし、喉も渇かなかった。眠くもないし、体臭に変化はなかった。でも、ここからは動いてはいけない気がした。
 だから、僕は動かなかった。
 動かない光明は細い指が扉に立て掛けられたことで、僕は唾を飲み込んだ。