「……私ね、龍ちゃんが優しいままですごく嬉しかったんだよ」
「……なんだそれ」
「帰ってこないから、わからなかったんだもん。ここんとこずっとお母さんからの電話にも出ないし、声も聞けなくなってたから」
「…………」
「やっぱりずっと寂しかったよ。私も。……お母さんたちも。……寂しかったよ」

 意を決したように、莉依子は抱えた膝に埋もれつつあった顔を上げた。そして、龍を見る。
 龍が思わず返事を失ってしまったほど真剣な顔で、莉依子は続けた。

「ねえ、龍ちゃん。勉強もバイトも忙しいのわかるし、お友達とだって遊ぶんだろうし、毎日おうちに連絡してなんてこと言わない。鬱陶しいって思うのも、わかる。
 でも、忘れないでね。龍ちゃんが当たり前にあると思ってるものは、ずっとは続かないってことだけは、絶対に忘れないで」

 電話台の前で佇む龍の母親の姿が、莉依子の頭から離れたことはない。
 年頃だし仕方ないわよね、成長の証よ、なんて笑ってくれるような母親が、龍には居る。
 それだけは、忘れないでいてほしかった。
 心の片隅に置いておいてくれていたら、きっと態度だって自然と変わってくるはずなのだから。

「………そんなこと、わかってる……」

 しばらくの沈黙の後何かを堪えるように呟いた龍の声は、とても低かった。