「めんどくせぇだろ。鬱陶しいだろ。そう思うことがそんなに悪い? 普通の事だろ? なんなんだよ」

 莉依子を責める口調ではない。
 特別悪い事じゃないはずだ、当たり前だと自分でわかっていながらどうしようもなくやりきれない、龍の内側でせめぎ合う何かが声になってしまった。そんな叫びにも聞こえる。

 莉依子はお盆を静かに机の上に置き、龍の左隣へと回り込んだ。
 すぐ隣に腰を下ろしても、龍は何も言わない。
 未だソファへ仰向けに倒れ込んだまま、右腕で顔を隠すようにしている龍の表情は、見えない。

「あのね、別に悪いことじゃないと思うよ」

 龍の隣で膝を抱えた莉依子は、龍を見ることなく、まっすぐ前を見つめて答えた。
 視界の端で、龍が莉依子を見たのを捉える。それでも莉依子は振り向かずに続ける。

「うまく言えないけど……親とか家族を鬱陶しいとか、めんどくさいとかって思うのは、全然悪いことじゃないと思うよ。そういう時期があるのも知ってるし、何よりきっと、そのくらい心が近いところにあるってことでしょ。
 めんどくさい、鬱陶しい、もうやめてってどれだけ振り払ったって、親に愛想つかされないってわかってる子どもは、きっとみんなそうだよ。甘えてるんだよ。……そしてきっと、それはすごく幸せな子ども。甘えることのできるお母さんやお父さんがいて、とっても幸せな子ども」
「………莉依子?」

 龍の声が低い。
 気分を害したというよりも、驚いているようだ。
 莉依子自身もこんな自分に驚きつつ、止まらなかった。