龍はといえば、相変わらず視線をノートと教材に落としたまま、手を動かし続けていた。
 莉依子の行動には全くと言っていいほど気が付いていないようだ。こういう時の龍の集中力は、本当に凄まじいものがある。

「龍ちゃん?」

 普通に声を掛けてみても、予想した通りに反応がない。
 無視をしているわけではないことくらい、莉依子にもわかる。実家に居た頃にも、同じような事が数えきれないくらいあったからだ。

 だからこそ、こういう人には誰かが傍にいないと危ない。
 ひとりで暮らすことの自由さに潜む穴に、莉依子は少し心配になった。

「ねえねえ、ちょっと休憩しようよ、龍」

 龍の意識を自分へと向かせるには、身体に触れるしかない。肩をトントンと指先で叩くと、ようやく龍が顔を上げる。
 のろりと莉依子へと視線を動かした龍は、ぱかりと口を開けた。そして息を吸い込み、目を見開いた。

「おっまえ……! それ!」
「えっへへへへ。お母さん直伝、冷え冷えタオルだよー」
「うわ、マジで? すげぇ懐かしい。そっかこうすりゃ良かったのか」
「やったことなかったの?」
「なかった!」

 龍は嬉しそうにタオルに手を伸ばし、「マジやべー」と言いながら頬や首筋にあてている。予想以上の反応に、莉依子は嬉しくて仕方がない。

 そこでふと、自分の言葉の意味に気付いた。
 お盆を胸に抱え込んで龍の目の前に座り、じっと見つめてみる。