電車の揺れは正直、思っていたよりずっと心地良いものだった。
 
 車があまり得意ではないから、ついて行く気にはなっていたものの、乗り物というだけで腰が引ける思いは少しだけあった。 
 でも、今は目を瞑っているとうっかり眠ってしまいそうだ。

「降りるぞ」

 ぷしゅうと扉が開いた瞬間、歩き出してしまった龍を慌てて追いかけながら、莉依子は手を伸ばして龍のTシャツの裾を掴む。そうしないと絶対にはぐれてしまう、こんな人の多い場所。

 掴まれたことに気付いた龍は、1度歩みを止めて莉依子を振り向く。そして黙ったままホームに降りると人の波に乗らないよう端へと寄り、振り向いた。
 一瞬何か言いたそうな顔をしたものの、不安な莉依子の心中を見抜いたらしい。
 小さくため息をついて、また前を向く。

「ほら」

 そして視線は前へと向けたまま、龍はぶっきらぼうに右手を差し出した。

「え?」

 予想外な龍の行動に、莉依子は戸惑う。
 じっとしていると、差し出された手が焦れたように動いた。手招きをするように、4本の指を折り曲げては広げる仕草を繰り返す。

 ここに手を置け、ということなのだろう。
 おそるおそるそれに従い、龍の手のひらに自分の手を重ねてみた。ハァと小さく息を吐く音が聞こえた気がしたのは、多分気のせいではない。