「ううん、大人になっ」
「なってねーよ全然。俺はどうしようもないバカだよ」

 言いかけた莉依子の言葉を遮って早口でまくしたてた龍は、ハッとして莉依子を見た。
 むっつりと唇を引き結んで、押し黙る。
 眉間に皺を寄せたこの表情は、龍をよく知らない人間からすると『生意気で無愛想』だと言う。

 だけど、莉依子には分かっていた。
 こういう時の龍はひどくバツの悪い、気まずい思いを抱えている。
 怒っているわけではない。自分を責めているのだ。

「邪魔してごめんね。もう話さないから」
「……ワリ」

 龍はそう小さく落として、勉強を再開した。
 何が龍をあんな風に言わせたのかはわからないけど、きっと何かあったんだ。

 莉依子は真剣な横顔をじっと見ながら、いつだって届かなかった龍の髪を見つめる。 
 
 高校時代は校則や部活動の関係で常に短髪を通していたのに、今は茶色だ。
 前髪だって眉より長いから、眼鏡かけるとやっぱり邪魔そうなのに。
 色気づいてかっこよくなって、あの頃の龍はいない。

 だけど、この部屋に満ちているのは、紛れもなく、龍のにおい。
 あの頃と全く変わっていない、大好きな龍のにおい。

 ……落ち着く。
 このにおいに包まれていると、眠くなるんだ。