「ねえ龍ちゃん。大学って、楽しい?」
「邪魔すんなって言ったろ」
「ねえ楽しい?」
「……楽しいばっかじゃねーけど、まあ楽しいよ。こっから先はマジで邪魔すんな」
「わかった」

 そう言っている間も、龍は1度も莉依子を見なかった。
 正体のわからない痛みがちくりと胸を刺す。

 龍が進学で実家を出ると知った時、莉依子はとても寂しかった。
 もうあの場所で安らげることはないんだと哀しくなった。

 1番奥にある記憶を辿ってみても、龍の隣に居るだけでほっとした。龍の部屋に居ると、いつだって落ち着いた。
 莉依子が落ち着いた理由は、おそらく龍のにおいだ。
 居なくなってからのあの部屋は、龍の部屋だけれど龍の部屋じゃない。
 だから家を出て行って1年した頃にはあまり訪れなくなっていった。

 2年ぶりに見る龍は、大人になっていた。
 変わっていないところは勿論ある。だけど、やっぱり大人になっていた。

「龍ちゃん」
「………」
「ごめん、邪魔したいわけじゃないから返事しなくていいよ。言いたいだけだから」
「………」
「すごく大人になったね、龍ちゃん」
「………」
「見た目だけじゃなくて」
「………んなことねぇよ」

 視線は手元に向いたまま、龍がぼそりと呟く。
 言葉を返してくれたことが嬉しくて、莉依子は続けた。