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「ただいまを言う相手もいない……」

 何かのCMで耳にしたことのあるフレーズを呟きながら階段を昇り、フラつきつつ玄関のドアを開ける。
 原因は分かっている。ここ1週間以上連続でシフトが入っていたからだ。
 長期休暇とあれば学生の出番と思っているけれど、夏休みは特に里帰りする連中も少なくない。地方出身者の俺にも、一応『大丈夫? 無理はしないでいいから』と気遣いの声はかかった。
 でも、俺は即決だ。『出られます』だった。

 鉄骨で学生用のアパートは、特別新しくもないけど古くもない。大学からも特別近くもないし、遠くもない。乗り換えはするけど、大した痛手でもない程度の距離。何をとっても至って普通だ。
 でも、リビングから梯子階段で屋根裏のようになった寝室スペースにほれ込んで、ここに決めた。
 部屋が気に入ってるなんて女みたいっていうか、どうも大学の仲間内には話しにくいけど、小さな俺の天国だ。

「あー……あっちィ」

 どうせシャワーを浴びるからと汗も拭かず、特に嗽手洗いもせずに風呂場に直行する。
 何時に帰宅しようがうがいをしなかろうが口うるさい母親はいないし、俺は自由だ。

 ……でも、自由は時々寂しさを連れてくることに、ひとり暮らし2年目にして俺は気付き始めていた。