ゆっくりと顎を上げて俺を見た安達は、予想に反して微笑んでいた。
 でも怒ってる。絶対怒ってる。なんて言っていいのかわからないけど、ただの怒りじゃない。怒りと何かが交じり合って、それをうまくコントロールできない。そんな顔。

 声は固くて冷たいのに、笑っている。
 初めて見る安達の姿に俺は多少のパニックに陥った。

「あ、安達? なんか俺地雷踏んだ?」
「……ううん、そんなことない」

 静かに首を振る安達は見た目だけは可憐だけど、俺の背筋はしゃんとしてしまう。
 なんだこれ、威圧感みたいなのをひしひしと感じる。

「でもごめん、今ちょっと久住くんと楽しく話せる自信ないから先いくね」

 安達は大きく息を吸い込んでから吐き出すように言葉を繋げると、足早に俺を通り過ぎてしまった。
 
 残されたのは、汗だくの俺。
 爽やかすぎる葉擦れと響き渡る蝉の声のもと立ち尽くす俺の横を、同じ大学の学生たちがチラチラと視線を寄越してくる。

 見るな。見ないでくれ。

 何かマズイこと言ったか?
 親を鬱陶しいって言ったこと?
 え、嫌われた?

 ぐるぐると考えながら、俺は足を引きずるように正門へと向かった。