自分がもう長くないと知っていた莉依子自身の、俺に対する言葉だったのか。
 
 俺の前に現れた莉依子が、やたら俺にくっついて触れて嬉しそうだったのを思い出す。
 名前を呼ぶたび、嬉しそうに笑っていた。

 莉依子が俺に会いに来たのなら――

「………えっ?」

 その時、どこからか何かの音がした。一瞬の事でよく聴こえず、全身の動きを止めて息を詰めて耳に神経を集中させる。
 チリン、と小さな音がした。今度は聴こえた。
 涼やかで、耳触りのいいその音。

「……莉依子?」

 手元にある首輪にひとつ、足りないものがある事を俺は知っていた。
 まさかと思いながらも、自然と頭を振る。馬鹿なことを考えるなともうひとりの俺は笑う。
 だって、そんなはずはない。

 莉依子はもう居ない。

『もうずっとほとんど寝たきりでね、突然いなくなるだなんてそんな体力なかったはずなの。だけど今朝、龍の部屋にいて……もう……』

 その先は言葉にならず、電話の向こうで泣き崩れた母親を思い出す。

 俺が幼稚園の頃、母猫が育児を放棄したらしく餓死寸前だった仔猫を保護したボランティアから譲ってもらったのは、この母親だ。
 悪戯ばかりする莉依子に何でも根気よく教え込んだのも、何年経っても同じ態度で接し続けたのも母親だ。莉依子の老いと直面出来なかった自分が酷く情けない。