大学を受験する前には、1日のほとんどを寝て過ごしていた莉依子。
 目もほとんど見えなくなっていた。……とは言っても、それも全部母親が父親と話していたことを耳に挟んだだけだ。

 俺は、莉依子の目の事に全然気付いてやれなかった。
 避けてたから、気付くはずなんてなかった。知ったところで心配して傍にいてやれるほど、俺は素直でもなかった。
 今更という気持ちだけが俺を支配して、それまでと変わらない毎日を過ごした。
 まともに名前を呼んだのは、いつが最後になったんだろう。

 ……そして俺は、家を出た。

『たかが2年帰らなかったくらいで』

 ここに来た最初の日。莉依子が駅で俺を待っていたあの日。
 帰って来ないから来たんだよとむくれたようにしていた莉依子に、俺は言った。
 確かに言ったし、思ってもいた。

 大学は4年ある。
 そのうちの半分帰らなかったくらいで、この先一生会わないわけじゃないしと、そう思っていたから。

『龍にとってはたかがでも……龍のお母さんたちにはたかがじゃないんだよ』

 莉依子の声を思い出す。鼻の奥がツンとしてくる。
 勿論、本当に母親たちを想っての言葉だったのかもしれない。だけど同時に、莉依子自身の言葉だったのかと左胸を掻きむしりたいほどの衝動に駆られてきた。