そんな人が、理由もなく沢山の着歴を残すはずがない。 
 この人の息子として過ごしてきた時間をちゃんと覚えていたら簡単な事だったのに、なんで忘れていたんだろう。全然気付かなかった。
 きっと、どうしても俺に言いたい事があったはずだったのに。

 恥と後悔と、色々な感情を飲み込んで、俺はようやく枯れた声を出す。

「………何か、用?」
『あのね、りいこちゃんが』
「莉依子? どうした?」

 母親の口から莉依子の名が出てきた事で、嫌な予感がした。
 まさかあいつ、俺のとこに来ると言わずに家を出てきたんじゃねえだろうな。

「まだ帰ってねーの?」
『え?』
「こっちにはもういねーから帰ったんだろうと思ったんだけど。始発で出たのか? あいつ……それにしては時間かかりすぎだよな」
『龍?』
「でもまぁもうすぐ帰ると思うよ。おばさんにもそう言って安心させてやったら」
『ちょっと待って。ねえ龍、さっきから何言ってるの?』
「は?」
『母さんはりいこちゃんの話をしてるのよ』
「わかってるよ。だから莉依子が……」

 ――莉依子が、何だ?

 眉間に皺が寄っていく。
 積もった違和感。何かがおかしいという予感。