逃げようにも、龍が目の前にいて逃げることは出来ない。
 こんなに幸せな瞬間が本当にまた訪れるなんて、莉依子は今なら空も飛べるし、苦手なお風呂にだって喜んで入ることが出来るだろう。
 嬉しさに身をよじらせていると、優しく撫でまわしている龍の手がだんだん粗暴になり、髪が大変なことになってきている。

「ちょ、ちょっと何」
「あのな。初日から言おうと思ってたけど、そういう発言も他ではダメ。においとか何とか……いちいちエロいんだよ」
「エロい?」
「発言がな」
「良いことじゃないの?」
「……時と場合によるけど、お前は無自覚だから良くないこと」
「わかった。でも龍ちゃんにしか言わないから大丈夫」

 ぴったりと龍に身を寄せたまま、莉依子は瞼を閉じた。
 一瞬だけ龍が身を固くしたのがわかる。不思議に思い目だけでそちらを見ると、あさっての方を向いた龍が、拗ねたような困ったような複雑な顔をしていた。

「そんなくっつかれると……こっちも色々事情があんだけど」
「一緒に寝ていいって言ったじゃん」
「でもくっつきすぎ」
「今夜だけだもん、いいでしょー……」
「ていうか変だぞお前。なんかあった?」

 頭上から降ってくる龍の声が、だんだん遠くなっていく。