「あの、……ごめんなさい」
「別に謝らなくていいから。なんで人の唇なんて触ってんの」
「……あの」
「なんで」
「……たかったから」
「何」
「……さわって……みたかったから」

 1度だけ、見たことがあった。
 龍が高校生の頃、よく家に連れてきた、髪が肩くらいまである可愛い女の子。元々女の子を連れてくる時には、莉依子は部屋へ入ることなどなかった。

 何となく、気付いていたから。
 龍を纏う雰囲気が何となく違ったから。
 入ってはいけない。邪魔をしてはいけない、と。

 けれど、1度だけ見てしまった。

 偶然だった。
 窓が開いていて、つい、見てしまった。

 龍と女の子が抱きしめあって、唇を重ねている姿を。

 その子になりたいなんて思ったことはない。
 龍の特別な女の子になりたいなんて、かけらも願ったことはなかった。

 ただ、莉依子はいつも見ているだけだったから。優しく名前を呼んでくれる龍の唇を、見ていただけだったから。
 触ったらどんな感触がするのだろうと、ずっとずっと思っていた。